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誰もいない屋上で、わずかにオレンジ色を帯び始めた空に立ち昇っていく細い一筋の煙を、静は柵に寄り掛かるようにしながら見つめていた。 昼間の不可解な出来事を思い出しては、思考を巡らす。彼の持ち得た知識では、どうにも説明のしようがない現実の数々………。 いくら考えても答えの得られない疑問に苛立ち、静は再び手に持っていた煙草を銜えると、白い煙を立ち昇らせる。 「こんなところで吸って、誰かに見つかったらどうするんだよ」 僅かに怒りを含んだ語調で背後からそう声が掛かり、静は振り返った。 「あ、委員長、遅かったじゃん」 貴志の言葉など気にも止めず、静は無邪気に笑う。 「…俺、部活終わったら教室で待ってろって言ったんだけど」 「流石に教室で吸う勇気はないんだよね」 柵を灰皿代わりに、静は短くなった煙草の火を揉み消す。 そんな静の態度に、貴志は小さく溜め息をついた。 (…………人の気も知らないで) いくら事情を知らないからといって、仮にも命を狙われているのだ。 予定外の行動はなるべく避けて欲しいというのが、こちらの心情なわけで…。 しかしまあ、今更それを問いただしたところでどうこうなるわけでもない。 「家の方、大丈夫だった?」 貴志は静の横を陣取るように、屋上を囲うように作られた策へと寄り掛かった。 「へーきへーき♪日頃の行いが宜しいもので。委員長と泊まりで夏休みの課題やるからって言ったら、ご家族の方によろしくってさぁ〜」 「あー………そう」 静の緊張感のない笑顔に、貴志は肩の力を抜いた。さすが…と言うべきか、静の笑顔ははっきり言って無敵だと思う。 「で、委員長が説明してくれるんだろ?…昼間の」 言いながら、静が新しい煙草に火をつけるのを、貴志は乱暴に取り上げた。 「みんなの前じゃ優等生のクセに…ったく、その二重人格みんなにバラしたくなってきた」 教室や部活の時なんかはあまり話さないせいか、昼間部活の仲間に囲まれている静を目にしたときは思わず頭痛を覚えてしまったくらいだ。 「んなの誰も信じないって。委員長より僕の方が信頼厚いもんね♪ほら、返してよ!安くないんだから」 言って取り返すと、静は柵を背に座り込んで、取り返した煙草に火をつけなおす。 「大体説明してくれるったって、何で委員長がそんな事情通なの?あの場に居たわけでもないのに」 静の質問に、貴志は言葉を選ぶ。突然前世だなんだと話したところで、彼は信じるタイプではない。 「………………静ってさ、非科学的なことって信じないタイプだよね」 貴志の遠まわしな言葉に、静は煙草の煙を辿っていた視線を貴志へと向けた。 言おうとしていることは分かる。変な男が炎を手の平に作り出したり、聖が突然現れたり…昼間のあれは、どう考えても常識の範囲を超えている。 「僕は自分しか信じないだけ。自分の見たことなら信じるよ」 言いながら、意味ありげに口元に笑みを乗せる。 ―――――ソレハ君モデショウ? 貴志に心を開くのは、彼が自分と同じ人種の人間だと感じたからだ。 視線を困ったような表情で受け止めると、貴志は静の隣に腰を下ろした。 「じゃあ、見せた方が早いね…」 話を先に進めて貴志がはぐらかすのを、静は面白くなさそうに眉根を寄せると、視線を外して煙草をふかした。 「なに、手品でも見せてくれるの?」 「魔法」 さらりと返した貴志に、静は一瞬呆気に取られる。 「ち、ちょっと待って。それはまた意外な展開………お前の口からそういう単語が出るとは思わなかった」 あからさまに頬を引きつらせる静に、貴志もなんともいえない表情になる。 「まぁ…気持ちは分かる」 DNAすら科学分析してしまうような時代…まして、静は他の同級生達のように、夢や憧れだけで将来を話すことなど、けっしてしない…現実的な視点を持っている。 そもそも、父の会社を継ぐ為に常に大人の中で育った自分と気が合うなど、静も相当年不相応だと思う。 「委員長様ったら、勉強疲れじゃありませんこと?」 冗談交じりに、静は哀れむような視線を向ける。 「…………イヤに真実味あるからやめて。さっきあの男が使ってただろ、あれと一緒」 貴志は苦笑すると、話を先へ進めた。 「〈あの男〉?あぁ、あの変なヤツね………って、委員長あの時いなかったじゃん」 「あれだけ派手に力使ってれば、何処にいようが分かるよ」 静に答えを返すというよりは、独り言のように呟くと、貴志は男のマネをするように、右手の平を上向かせた。 「こーゆーヤツじゃなかった?」 言い終わると同時に、手の平の上に青白い炎が現れる。 あの時と全く同じ光景に、静は僅かに瞳を細めると…少しの間考え込んだ。 「…………手品、なんていったら怒る?」 「別に怒りはしないけど……」 予想範囲内の静の返答に、貴志は小さく溜め息をつくと、手の平の炎を消す。 「やっぱ身をもって知るべきか‥」 言いながら、貴志は立ち上がると制服に付いた埃を払う。 「な、なにそれ…言葉に凄く悪意を感じるんだけど」 「いいからいいから」 貴志はわざとらしく笑みを浮かべながら、表情を強張らせた静の手を取ると、引き上げるようにして彼を立たせる。 「ちなみに、ここって何階だっけ?」 「え‥‥‥屋上だから…6階?‥‥て、あの、い、委員長?」 静の答えを待つ様子は全くなく、貴志は瞳を瞑ると…彼を取り巻くようにして風が生まれる。 ゆっくりと視線を向けた貴志の…全身を包む淡い光に、静は思わず後退った。 「この高さから飛び降りればハッキリするでしょ」 「ちょっ・・と・‥、待っ‥うわっっ!?」 突如襲った浮遊感にバランスを失った静は、目の前に広がった光景に息を呑んだ。 ……………身体が、宙に浮いている。 そんな静の心情など気にも止めていない様子で貴志は彼の手を取ると、屋上を囲っていた柵をいっきに飛び越える。 「ばっ、ばかっっ!おいっ・・‥‥‥っっ!!!」 と、全身を包んでいた浮遊感が消え、静が思わず貴志にしがみついた。 直後、重力に従って二人は一気に急下降する。 「おいっ、貴志っっ!?」 怒鳴る静に、しかし貴志は口元に意地の悪い笑みを浮かべる。 「俺のこと信用してくれてるんだろ?」 「そぉゆー問題じゃないっ!!」 しかし、静の心配を他所に地上まで3mを切った辺りから、次第に下降速度が緩やかになる。 「ほら、大丈夫だってば」 そう貴志が言い終わる頃には、二人は何事もなかったように昇降口の前に立っていた。 「信じてくれた?」 にっこりと笑って貴志は言ったが、静は貴志の腕に掴まって俯いていたまま、微動だにしない。 「静?」 言いながら貴志が顔を覗き込むようにすると、静はようやく貴志から手を離した。 「…………あーのさぁー」 そこまで言って、大きな溜め息をつく。 「なに?」 「……………。貴志のそういう加減しないところがキライ。個人的に…」 「え、うっそ」 げっそりとした表情で口元を覆う静に、貴志はいかにも意外そうに答える。 静はもう一度溜め息をつくと、恨めしそうに貴志を睨んで、彼の頭を軽くはたいた。 「信じるよ」 自動販売機で買った缶ジュースを片手に、二人は中庭に置かれたベンチへと落ち着くと、貴志はどう切り出すべきか少しの間考え込んだ。 そんな貴志の横で、静は催促するでもなく…手の中の缶をもてあそぶ。 「……………。例えば、さ…この宇宙で、生命体が住む星が地球以外にあったとしても、想像するのは難しくないと思うんだけど」 貴志の言葉に静は手の動きを止め、考えるような仕草をする。 「‥‥あー‥・・うん。つまりさっきの男は地球外から来たってこと?」 貴志の言いたかったことを代弁するように静が言葉にするのを、貴志は軽く頷いた。 「実際その星がこの宇宙の何処に存在するのか分からないけど…もしかしたらこの宇宙には存在しない星なのかもしれないし。空間を繋げてこっちに来ているみたいだったから・・・」 「‥‥・・ふーん」 予想以上の話の大きさに、静は何とはなしに答えると、再び手の中の缶を転がして遊びだす。 「あまり興味なさそうだからざっと話すよ」 静の態度に貴志は苦笑すると、そう言って軽く息をつく。 「その世界はこの地球よりもずっと広い星で、何種もの知的生物が共存していて、神とか妖精とか俺がさっき見せたような魔法とか、そういったものが常識的に存在している…まぁ、こっちで言うRPGとかの世界を想像してくれればいいと思うけど」 そこまで言うと、続く言葉を選ぶように貴志は一旦話を止め、手に持っていた缶のプルトップを開けた。 「その中でも中心的存在なのが『龍族』と呼ばれる種族で、彼らは龍神の加護を受けることによってその地位を得たといわれているんだけど………えーっと、なんて説明すればいいのかな・・・。つまり、その龍神の力を受け止める器である皇子の力を、俺たちが受け継いでいるってことなんだ」 「……………。…………はぁ?」 それまでほとんど聞き流していた静は、貴志の言葉に沈黙を返し、やがて眉根を寄せる。 「他の星から皇子が出ることは極マレだけど、先代の状況によってはない事じゃないんだ。それで・・」 「ちょおっと待った!!進めないでっ、理解してないから……」 静の反応を然程気に止めた様子もなく、話進めようとする貴志に、静は慌てて割って入った。 「だいたいなんで、委員長がそんなこと知ってんの?」 なにげなく掛けた問いに、貴志の表情が一瞬固まる。 「・・‥‥貴志?」 掛けられた静の声に、貴志は何事もなかったように問いに答えた。 「俺は既に皇子としての力が覚醒している。あと、俺には先代クリフの…前世の記憶があるから‥‥・・・・」 |
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