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「ひーさん、やっぱもう少し横になった方が良くない?」 ようやく震えの落ち着いた聖に、気遣うように透夜は声をかける。 「………‥‥‥透夜」 しかし、透夜の言葉に聖は何処か上の空で、それに答える様子はない。 「んー?」 「お前…覚えてるんだよな、母さんのこと」 聖から掛けられた問いに、透夜は表情を硬くする。 今まで聖の方から母親の話題が出たことはほとんどなかった為、透夜もあえて触れることはしなかったのだが…。 「まぁ…‥少しは‥‥‥」 覚えているというより、忘れられない…それくらい強烈な記憶がある。あるにはあるのだが………。 「あの人って、どんなだった?…」 聖の問いに、透夜は一瞬言葉に詰まる。 「…………どんなって…お前ねぇ、いくら離れて暮らしてるからって、毎年正月に顔合わせてるんでしょうが」 「だからっ!そうじゃなくて……こっち、いた頃…‥‥」 切羽詰ったような聖の声に、透夜は小さく溜め息をつく。 「ひーさん、もしかして…まーだ大混乱続行中?」 「……………」 「聖が思い出さないのに、オレが話したって何ともならんでしょうが」 呆れたような…けれど、どこか安らげるような透夜の口調に、聖の緊張が少しずつ解れていくのが分かる。 「だいたいおばさんだって…とっくの昔に治ってんだろ?」 「………‥それは‥そ・だけど・・」 自分が話すことで聖が少しでも楽になるのなら、そうしてやりたいと思う。しかし、今の聖にあの頃の話をすれば、逆効果になるだろう。 透夜は聖に悟られないよう、なるべく自然に話の流れを変えようと、言葉を選ぶ。 「いろいろあって混乱してんだろ。許容範囲超えてんだよ…っとに、少し頭休めとけっての」 腕の中に抱えた聖の頭を、透夜はわざと髪の毛が乱れるくらいぐしゃぐしゃに撫でた。 「…‥‥‥ん‥」 透夜の言葉に安堵し、聖は小さく頷くと瞳を閉じる。 聖の疲れきった表情に、透夜は無意識のうちに抱き寄せる腕に力がはいる。 聖がこれまでどれほど辛い思いをしていたか、誰よりも自分が一番知っているから尚更、今何も出来ない自分を、透夜は悔しく思って・・・ と、それまで身体を預けていた聖が、突如両手で透夜の腕を掴むと、自分の身体を押し戻すようにして、透夜から離れる。 「ぅおっと!」 驚いて声を上げる透夜に顔を見せないまま、聖は顔を腕で覆うようにして自分の膝に埋めた。 透夜は訳が分からず、呆然としたまま思わず聖を見つめる。 「…‥‥‥・・悪ぃ・・・」 わずかな沈黙の後、小さく…聖の声が響いた。 聖はもともと滅多に弱音をはかない性格だが、流石に普段ならこういった時までは無茶をしないのだが………。 「………聖?」 そう透夜が問い掛けるのと、部屋のドアがノックされる音が、重なって響く。 (……………。ナルホドね) あいかわらず感が鋭いヤツ…などと内心思いながら、透夜は聖の代わりにドアへと向かった。 「はーいよ」 やる気のない声を上げてドアを開けた透夜は、目の前に現れた人物に動きを止める。 「‥‥‥‥‥・あ・・」 そう声を漏らすと、どうしたものかとしばし考える。 ―――――立っていたのは<佐々木>だった。 「聖、起きたんだろ?」 「…まぁ‥起きたには、起きたけど‥・・。まだ、あまり・・・・」 言葉を続けようとした透夜に、しかし佐々木は一見冷めた…しかし、明らかに殺意を込めた視線を送る。 「……………。失礼しました」 透夜は苦笑すると、言いながら両手を軽く上げた。 (こっえぇー………なんなんだ、この差別的扱いは) 聖のことが気になりはしたものの、今の殺気と昼間の行動から推測し、下手に逆らうと有無を言わせず殺されそうだと、ここはおとなしく道を譲る。 聖が彼を拒絶するようであれば、瞬間移動なり何なりしてさっさとこの場から消えているはずだ。 そんな透夜に、佐々木は何事もなかったようににっこりと笑うと、部屋の奥へと進む。 佐々木は聖のいるベッドの脇に座り込み、顔を覗き込むようにして首をかしげた。 「やっほー!ご機嫌いかが?」 「……………」 その場に不釣り合いなほど明るい声を掛ける佐々木に、しかし返ったのは沈黙のみ。 「そういやぁさ、さっきのあれ、なんだったの?」 「……………」 完全に無視を決め込んでいるのか、はたまた本当に体調が悪いのか…聖から返らない反応に、佐々木の表情が不機嫌なものへと変わる。 「……………。オレの言った忠告、覚えてる?」 わずかな沈黙の後に掛けられた次の言葉に、聖の肩がわずかに揺れた。 「……‥忠告‥って‥・」 ようやく返した言葉と共に、聖は額に手を当てるようにして、ゆっくりと上げられた顔は、血の通っていないような土色をしている。 「やっとこっち向いた♪」 視線の合った先で、聖はい忌々しげに表情を歪める。 「お前さ、俺の前で化けるのやめろ」 「え、なんでぇ?わざわざ目立たないように気使ってやってんのに」 「今ただでさえ不安定なのに、側でずっと力使われてっと余計気持ち悪くなる」 本気で気分が悪いとでも言いたげに、聖は佐々木から視線を外すと口元を手で覆う。 「我が儘だなぁ、もう」 呆れたような声を上げ、しかしおとなしくアクシアルの姿へと戻る。 その光景を横目で見ながら、聖は彼の先ほどの言葉を反芻していた。 (忠告って‥‥…) さっき見た夢やなんかのせいで、ロイのものと自分のものとが散乱した状態の頭の中を懸命に整理しつつ、ついさっき交わした彼との記憶を掘り起こす。 ふと思い当たった記憶に、聖の表情が強張る。 「ちょっと待った。忠告って、どういう意味」 「…べつに。言葉どおりの意味だけど?」 言葉に、聖は背筋を凍らせる。いくら気を引く為とはいえ、全く関係ないことをこの男が口にするだろうか…。 「………透夜…綾奈、どした」 緊張に…喉が渇いて、上手く声が出ない。 「え、綾奈‥?‥‥」 それまで二人のやり取りを傍観していた透夜は、聖の明らかな変化に眉根を寄せる。 「たぁーぶんー・・まぁだ、水樹と学校にいると思うケド…」 「そこにいなかったから言ってるんだって」 透夜の後に間を置かず言葉を否定するアクシアルに、聖は視線を彼へと戻した。 「あんた、知ってるのか?綾奈が何処にいるか」 「知らないけど…大体、オレそこまで彼女に興味ないし」 アクシアルの反応に聖は小さく溜め息をつく。 「………どいて、そこ」 脇に座っていたアクシアルに力の入らないままの声でそう言うと、ベッドから這い出る。 「透夜、俺の鞄」 そう聞きながら、聖はベッドヘッドに置いてあったゴムで乱れた髪を、慣れた手つきで結いなおす。 「はい、どーぞ!」 何の説明もないことを不満に思いつつも、透夜は机に立てかけてあった聖の鞄を手渡した。 「さんきゅ」 そんな透夜に気付いていないのか、聖はあいかわらずのマイペースで鞄の中から財布と携帯電話だけを取りだす。 「ちょっと…どうする気?」 「綾奈探してくる」 聖の不審な行動にそう問い掛けたアクシアルに、たいした事ではないとでもいう風にさらりと答えた。 「ちょっ、お前なぁ!」 「まだどうなったと決まったわけじゃないし。そこら辺いるかもしれない」 アクシアルの言葉などまるで無視といった感じで、聖はドアへと向かう。 「つーか、だからお前が一番狙われてるんだって!」 「そうだ、透夜のこと頼むね」 声を荒げるアクシアルに、振り返って言うと聖はさっさと部屋を出て行こうとする。 「はぁ?!」 アクシアルは慌てて聖の腕を掴むと、もう一度聖を自分の方へと向かせる。 「ったく、人の話を・・」 「大事なんだよっっ!!」 怒鳴り声と共に向けられた真剣な眼差しに、アクシアルはわずかに瞳を見開いた。 「俺のせいで綾奈が危険な状況にあるって分かってて、放っておけない」 そう言って腕を掴んでいたアクシアルの手を振りほどくと、聖は今度こそ部屋を出ていった。 「おいっ、ちょっとっっ」 「しつこいって・・」 再度追ってきたアクシアルを振り切るように、振り返った聖の耳に、予想外の言葉が返る。 「ヤバくなったら呼べ」 ………ほんの一瞬、アクシアルの言葉は夢の中でロイに言われているのではないかなどと、錯覚を起こす。 ロイと自分とでは彼との関わりが違う。そんな気遣うような言葉を<聖>に掛けてもらえるとは、思っていなかった。 「‥‥……さんきゅ」 照れを隠すように俯いてそれだけ答えると、聖は綾奈を捜しに出かけた。 |
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