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〔W〕


先程から流行の着メロを鳴らし続けるPHSを、水樹はようやく鞄の奥から探し当てた。
ディスプレイに表示された相手の名前を確認すると、慌てて電話に出る。
(……早退したから部活のことでも気になったんかな)
相手は電話など滅多にかけてくることのない、聖であった。
「お待たせ〜♪体調の方はどうさ?副部長まで一緒に帰っちゃったから、あの後大変だったんだかんねっ」
『あ、ゴメン。それより、綾奈どこ行ったか知らないか?』
水樹の愚痴などさっさと聞き流され、聖は本題に入る。
「へ?綾奈ちん?」
予想外の質問に、水樹は一瞬思考が途切れる。
そういえば、保健室の先の廊下で別れてから顔を見ていない気がするが…。
「そういやいないなぁ….部長が心配で一緒に帰ったんだと思ってたけど?」
てっきりそうなのだとばかり思って特に気にも止めていなかったのだけれど。
『それがこっちには来てなくて…電話も、圏外じゃないみたいなんだけど掛けても全然出なくて。ちょっと急いでるから』
「急いでるって……なんかあったの?」
水樹から返った問いに、聖は言葉を詰まらす。
『知らないならいいや。もし見かけたら連絡よこすように言っといて』
素っ気なくそれだけ言って電話を切ろうとする聖に、水樹は慌てて怒鳴りつけた。
「ちょっ、部長病み上がりでしょ!大会前の大事な時期なんだし、この週末にちゃんと体調整えといてよねっっ」
極普通の…日常的な話に安堵感を覚え、聖は小さく息をつく。
つい数日前までは、そんな会話が当たり前の生活で…バスケ以外のことなんて、ホントに考えない生活を送っていたっけ。
『…分かってるよ、平気』
聖の声音の変化をどう取ったのか、水樹からは半ば呆れたような口調が返る。
「部長のそれは信用ないからなぁ…ま、今後の予定もあるし、明日電話するかんね」
『はいはい、心配してくれてサンキュー!んじゃね』
最後は割と明るく言って、電話が切られる。
水樹は回線の切れたPHSをしばらく眺めると、やがて一際大きく溜め息をついた。
「はあぁ……………。ホントに大丈夫かぁ?」



◇◇◇◇◇



透夜の姿を視界に入れるなり、アクシアルの機嫌は明らかに悪くなる。
(………そういや、コイツのこと任されたんだっけ)
思い出して、アクシアルは溜め息をついた。
「このオレを契約もなしに使うとは、いい度胸してやがる」
独り言のようにそう呟くアクシアルへ、透夜は申し訳なさそうに話し掛けた。
「・・‥‥あのぉ、オレも…外、行きたいんだけど」
言葉に向けられた冷たい視線に、透夜は思わず後退ると心の中で叫ぶ。
(聖の馬鹿ぁっ!何でコイツと二人にさせんだっっ)
透夜の心の内を知ってか知らずか、アクシアルは視線を透夜から外すとやる気のない声が返る。
「………何で?」
「あ‥のぉ‥・一応、ここ聖の家だし…アイツ一人にしとくと心配だからぁ……」
「お前が追い掛けたって足手まといにしかならないじゃん。ま、死にたいってんなら話は別だが」
呆れたという口調でそう返され、透夜は苦笑いを浮かべる。
「いや、あの…」
聖の話では、自分にも〈魔法〉が使えるのだというが、実際そんなものを今まで使ったこともない。
命を狙われていると言われたところで、まるで実感が湧かない透夜には、確かに出来ることなどほとんどないのだろうけど・・・。
「一応聖に頼まれちゃったし、仕方ないから面倒見てやるよ。………丁度お前に聞きたいこともあったしな」
付け加えるように言った後半の言葉に、透夜は眉根を寄せる。
「……え、何?」
「幼馴染だっていうならいろいろ知ってるんじゃないかと思って。今まであった聖の身の回りのこととか」
「そりゃ知ってはいるけど…つーかさぁ、何でそんなに聖に執着してるの?」
透夜の問いに、今まで透夜をまるで相手にしていなかったアクシアルの表情が変わる。
少しだけ考えるような仕草をしてから、透夜の方へと視線を戻し…やがてわざとらしく笑みを浮かべた。
「ご想像にお任せします」
それまでの態度とのあまりのギャップに、透夜は頬を引きつらせた。
「……………。あ、そう」
アクシアルの態度に軽い頭痛すら覚え、それ以上相手にするのはやめようと思い直す。
一番単純に考えれば、聖の力が狙いか…しかし、アクシアルの接し方からすれば、おそらく執着は別のものだろう。聖自身、彼のことを〈ロイ〉の知り合いだと話していたし………。
どちらにせよ、アクシアルに話す意思がないのだから考えても仕方がない…そう思い直すと、透夜は部屋の隅に置いておいた自分の鞄を取る。
「まぁ、とりあえずここ出ますか。話はそれからってことで」
「なんでぇ?ここでいいじゃん」
面倒くさげに言い返すアクシアルに、透夜は小さく溜め息をついた。
「一応ここ聖の家だし、家主が居ないのにお邪魔するのも気が引けるんで」
透夜の言葉にアクシアルは何かを考えるように瞳を細めると、やがて口元に小さく笑みを浮かべた。
「ま、いいぜ何処でも」

 
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