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聖の家を出て、行く当てもなく歩き出すと、ややしてアクシアルがからかうように話し掛けた。
「しかし…お前が話してくれる気になるとは思わなかったなぁ〜」
「オレが嫌だっつってもどうせお兄さん無理矢理聞き出すでしょ?変な術とか掛けらるのも嫌だし…聖にマイナスじゃなきゃ別にオレ構わないんで」
透夜から返った言葉、その聖への絶対的な保護心に、アクシアルは頬を引きつらせる。
一体どういう人間関係を築いているのやら…。
「随分甘やかしてるじゃん」
図星を言い当てられ、透夜は思わず苦笑する。
「まぁ……長い付き合いなんで。愛着あるし」
人一倍世話焼きな自分の性格を差し引いたとしても、聖を甘やかしている自覚はある。
ただ、子供の頃から聖の傷つく姿ばかり見てきたから、できることならこれ以上そんな場面は見たくないと思ってしまうからで………
「付き合いきれないな。平和ボケだね」
「あはは、平和ですから」
イラつくように言ったアクシアルに、透夜は軽く笑って流す。自覚がある分、言い返しようが全くない。
透夜の回答に、アクシアルは冷たい視線を返したが、それについてはもう興味もないようで話はそこで終わる。
しばらく無言のまま歩き続け、結局辿り着いた先は昨日アクシアルが聖を連れてきた公園だった。
アクシアルの後を躊躇いなく公園へと足を踏み入れる透夜を見て、昨日の聖の反応との違いを改めて認識する。
やはりと言うべきか、聖のような過敏な反応は返らない透夜に、アクシアルは瞳を細めるようにしてその光景を見つめた。
「単刀直入に聞くわ。聖が死にかけたことがあると思うんだけど、一応確認」
「………え?」
予想だにしなかった内容に、透夜の反応が一瞬遅れる。
「オレの予想じゃ、多分うんと小さい頃・・」
アクシアルの言葉に、透夜は不信げに眉根を寄せる。何処でそんな情報を得てきたのか…彼の〈予想〉は外れていない。
「ガキの頃に階段転げ落ちたことならあるけど。二週間以上意識戻らなくて大騒ぎになってたからよく覚えてる」
ついさっきも聖とその頃の話をしたばかりで、あの事件が今回の件と一体どう繋がるのか、当然ながら透夜には理解不可能である。
「ちなみに。その質問って何の意味があるのか…聞いてもいい?」
遠慮がちに声を掛ける透夜に、アクシアルは面倒くさげに深々と溜め息を吐いたものの、おとなしく質問に答えた。
「最初、オレは聖は皇子としての力は未覚醒だと思った。けど、お前や水の皇子と対面したとき、明らかにお前等と聖とでは反応が違ったんだよねぇ」
言ってアクシアルは情景を思い出すように瞳を伏せるのを、透夜はおとなしく続く言葉を待つ。
「聖は感情の起伏で明らかに力を発揮するのに、お前等には全くその兆候が見られない。力を見せるのは聖と地の皇子だけだし、だから…逆に聖を疑ったよ」
そもそも聖が未覚醒という見解に誤りがあるのではないか、と。
「普通の皇子なら、あっちの世界にある神殿の状況を見れば覚醒したかどうかなんてすぐに分かる…覚醒していれば神殿は眠りから覚め光を灯すからな。でも、聖龍の皇子と繋がる神殿は存在しないんでね」
アクシアルの言葉に、透夜は眉根を寄せる。
聖から聞いていた話では、皇子の地位に隔たりがあるような話は出ていない。
しかしながら、聖自身も混乱した状態でもあったわけだし、この場合はアクシアルの言葉を信じた方が正解かもしれない。
考え込む透夜をよそに、アクシアルは先を続ける。
「皇子として選ばれる魂は常に一つと聞く。力の覚醒は本来ならば神殿に赴くのが常識だけど、その前に資格を持つ者が生命の危機にあった場合…神殿を守るドラゴンの方から神殿を離れて皇子を助けに行くとかって話も耳にしたことがあるんで、もしやと思ったわけ。とは言っても、例外である聖龍の皇子がどこまでその定説に当てはまるかは分からんけどね」
聖が過去に命を落としかけたことがあるとすれば、覚醒している可能性が高い。
「オレの推測だと聖は覚醒しているのに、力を自ら封印している。だから召喚獣の気配もないし、オレを含め他の連中も覚醒に気付かなかった。だけど、今はその封印が壊れ始めてるってとこだろうな…おそらく、鳳凰が次元に風穴開けて空間があっちの世界と繋がった影響だろう」
推測とは言ったものの、アクシアルの言葉は既に確信したような語調だった。
「お前は側に居たのか?聖が階段から落ちたって時」
「いや…そんな四六時中一緒に居るわけでもないし」
さらりと返えった透夜からの言葉にアクシアルは瞳を細め、しかしそれについては追求はなかった。
「じゃあ次。聖の家族構成は?あと、何で妹と二人暮らしなの?」
アクシアルの問いに、透夜は再び不審げに表情を歪める。
「単純にオレが知りたいだけ。文句ある?」
透夜の反応にアクシアルはそう付け足し、しかし文句など受け付ける気は更々ないというように、威圧的な視線が返った。
人のうちの家庭の事情をそんなにベラベラ話すのも気が引けるのたが…透夜は小さく息を吐くと、仕方なく口を開いた。
「両親と姉が一人、今は母親の実家で暮らしてる」
そこで一端区切るが、続きを促すような沈黙に、もはや逆らうことを諦める。
「母親は精神的に不安定な人で、育児が難しいとかって昔から別々に暮らしてる。お姉さんは受験した大学が向こうだったんで一昨年からそっちに移って、父親は転勤。聖と裕乃ちゃんも一緒に引っ越すって話も出たんだけど、聖は高校こっちで決まってたし・・人見知り激しいから引っ越すのは嫌だって話だったと思うよ。裕乃ちゃんもそれに便乗…あの子は結構なブラコンだし」
ここで自分がこの男に話したことが、果たして聖にとってプラスとなるのか、透夜は自分の判断が間違っていないことを祈る。
多分、アクシアルが聖の敵ならマイナスになるに決まっている。彼はそう成り得ないと判断した自分の直感を信じるしかない。
「………他は?」
「以上ですけど…ちなみに今はうちの両親が保護者代理です」
「へぇー‥…」
言いながら、アクシアルは疑うような視線を透夜へと流す。
いったい後何を話せと言うのか、透夜は内心早く解放してくれないものかと思いつつ、アクシアルの視線をやり過ごす。
「ま、とりあえずいいや。ついでだから忠告しとくけど」
「……………はぁ」
「お前らと聖じゃ立場が違う。聖が大事だって言うんなら、余計…下手に関わらない方がいいよ」
まっすぐに向けられた視線に冗談やからかいの類はなかったが、透夜は言葉の意味を取りかねる。
「あの、それって…」
「お前達が皇子の力に目覚めても聖が苦しむだけだ。オレだって…ロイの二の舞なんて流石に見たくないしね」
透夜に忠告するというよりは独り言のように言って、アクシアルは瞳を伏せた。
「ロイが死んだ原因の多くは、お前等と親しい仲になったせいだし」
続けられた言葉に透夜はわずかに瞳を見開く。
「ちょっと‥‥何それ、聞き捨てならないんですけど」
表情の変わった透夜に、アクシアルは冷静さを取り戻すと感傷に浸ってしまった自分を自嘲する。
(オレもすっかり平和ぼけだな)
ロイが仲間に話さなかった真実を、自分の口から漏らすなんてどうかしている。
聖との出会いが、自分も精神的に不安定となる要素になっているらしい。あれだけロイに似ているというのは予想していなかったわけだし、やはり少しは衝撃だったかもしれない。
「勿論それだけが原因ってわけじゃない…オレだって、結局最後は手を貸してやれなかったわけだし。まして今は時代も状況も変わってる、同じことが繰り返されるとは限らないけど、できればそうなりうる要因は排除したい」
「あーもうっ!回りくどい言い方やめてはっきり言ってくんない?」
苛立ちを見せる透夜に、アクシアルは流石に申し訳なさそうに苦笑した。
「悪い、言えない」
「………おい」
明らかに不服といった風に睨んでくる透夜に、しかしそれでも話す気にはなれない。
もうずっと昔の話だけれど、自分にとってロイは今でも大事な人だという想いに変わりはないから、彼の意志は尊重したい。
「悪い。忘れて…なんなら忠告も忘れてくれてもいい。聞かれても答えてやれないわ」
「アンタねぇ・・・」
透夜からしてみれば、中途半端に放り出されて消化不良もいいところだ。
からかうのも大概にして欲しいと思いつつ、この男が冗談などでこんなことを言うようには思えない。
しかし、先ほどの内容が真実だとして。
それはつまり、自分の存在が聖の命を奪いかねないということ。
「理由が言えないっつっても、嘘を言ったわけじゃあないんだよな?」
念を押すように問いかけてみるが、素直に回答が返る様子はない。
しかし、これには流石に透夜も引こうとはしなかった。
揺るぎない視線で見つめてくる透夜に、しばらくの沈黙の後、アクシアルは仕方なく頷いた。
肯定されても嬉しくなどない…しかし、真実を知らないよりはましだと自分に言い聞かせると、透夜は深く溜め息を吐いた。
確かに、前世とか言われても自分は覚えてないし、事態が昔と全く同じに繰り返されるとは思えない。
この先自分はどうするべきか、今はまだ全く見えていない状況だけれど。
「………分かった。忘れてやるから、アンタもオレの頼みごと聞いてくれない?」
「……………何?」
ふてくされながら言う透夜に、しかし流石にそれにはアクシアルも難色を示す。
それとこれとでは話が別とでもいうのだろうが、透夜は気にせず続けた。
「オレが関わらない方がいいってんなら、アンタが聖のこと守ってやってよ」
「……………はあ?」
言葉にアクシアルは絶句する。
聖といい透夜といい、いったい二人の人間関係が全く見えない。今の話の流れから、どうして透夜が自分に聖の護衛を頼むという話になるのか。
「まぁ…そこまで頼むわけにはいかないと思うけど、アイツ自分のことなんて二の次で、すぐに突っ走るからさ。無謀な暴走は止めてやってくんない?」
「‥‥‥‥言いたいことは、分かるがな」
今のヒトコトについては、確かに聖の昼間の行動を振り返れば一目瞭然。
アクシアルが透夜を襲ったときも、突然二人の間に割って現れたが…力の使えない聖があそこで出てきたところで、アクシアルがあのまま攻撃を続けていれば、せいぜい盾になるくらいが関の山だったろう。
綾奈を探して家を飛び出したことといい、自分の安全など欠片も頭を使っていないに違いない。
透夜の気持ちは分かる、分かるがしかし。
相手はあの〈聖龍王〉なのである。
「戦線への介入はねぇ〜流石にオレも容易じゃないのよ」
アクシアルの立場など、透夜は恐らく全く分かっていないのだろうが。
一応レイス王子の側近という肩書きは今も健在で…まぁそれについてはとっくに契約も切れているのだし、放り出しても構わないわけだが、そうなれば他の連中も黙ってはいないだろうから。
なによりルアウォール復活が目前まで迫っているというのに、我が身まで危ぶむことなどできない。
アクシアルは溜め息を吐くと、どうしたものかと思考を巡らす。
別に透夜のことなど放っておいても構わないなだけれど、やはり先ほど話をはぐらかした件については流石に良心が痛む。
「じゃあ、こういうのはどうよ」
しばし考え込んだ後、にっこりと笑って返すアクシアルの胡散臭さに、透夜は頬をひきつらせる。
どうせまた何か企んでいるであろうアクシアルに、一応は耳を傾けて。
「いくらさっきのを帳消しにするっていったって、どう考えてもオレのがリスクが高いし…ここは一つ契約を交わすってことで」
「……………けい、やく?」
アクシアルの提案の言葉に、透夜は理解が及ばす単語をオウム返す。
分からないとは言っても、その言葉の意味から察して安請け合いすることはできない。
「早い話が取引ってこと。元々魔族は第三者との契約で日々の暮らしを送る種族なんでね。自分の仕事に見合った〈何か〉を報酬として貰う…当然のことでしょ」
いちいちの説明が面倒だというのを表情全面に出しつつ、それでも一応はアクシアルは簡潔な言葉でもって透夜へと告げた。
「そ…‥んなこと言われても、オレはアンタと取引できるようなものなんてないんすけど」
自分が持っていてアクシアルが欲しそうなものといったら、やっぱり聖の情報くらいしか思いつかないが、その話は今してしまったし。流石にそこに遡っての交換条件などとは考え難い。
しかし、そんな透夜の考えをよそに、アクシアルは既にターゲットが決まっているのか全く気に掛ける様子は見られなかった。
「オレらが魔族と呼ばれる所以‥って、知ってる?」
違和感を覚えるほどの爽やかな笑みで問うアクシアルに、透夜は純粋に首を振る。
「魔族と言っても、実際は他種族の集まりなんだけど、いくつかの共通点から一緒くたに呼ばれてる」
言いながら左手のひらを上向かせたアクシアルは意識を軽く集中させるように瞳を伏せ、やがて光の集まった手のひらに現れたのは一枚の…動物の皮をなめしたような紙。それを透夜へと手渡す。
手渡された紙には見たことのない文字が羅列されており…しかし、その文字の上に見慣れた文字が立体的に浮かび上がり、それについては難なく解読できる。
契約書らしい内容の文面がやたら小難しく書かれており、透夜はその不思議な紙に目を通しながら、続けられたアクシアルの言葉に耳を傾けた。
「一つはさっき話した…他者との契約による生活、一つは他者の生命力を取り込むことによって成される長寿、一つは他種族の人そのものを自分の種として取り込むことのできる繁栄力」
話が進むにつれなんとなく…身の危険を感じずにはいられない。
恐る恐ると視線を手元の紙からアクシアルへと戻した透夜は、ひとまず先手を打つように口を開いた。
「………言っておくけど。オレ、自分の命を投げ打ってまでとか、考えてないよ?」
「おや、そいつは残念」
言葉にいかにも残念そうに肩を竦めるアクシアルに、透夜は頬をひきつらせる。
「まぁ安心しろ。そんな聖に確実に嫌われるようなこと考えてないから」
「……………じゃあ、何?」
未だ身構えたままの透夜に返ったのは、やはり裏がありそうな満面の笑み。
「生命力っつっても、別に命を丸ごと頂かなくてもいい。例えばほんの僅かだけ頂いたとして、それが命を引き延ばすことがなくても糧にはかわりないんで」
アクシアルが言っているのは…つまり、食料の域である。
その扱いに透夜は軽く頭痛を覚えた。
「命に別状ない程度頂くってことでどう?」
果たしてそれが本当に良い条件なのかなんなのか…正直なところ判断がつかないのだ。
その条件を飲んだとして、結果として分かっていることといえば、聖の身の安全性が上がること。
聖のお陰で自分もひとまず彼に殺されることは避けられそうだが…これについては契約とは関係がない。
右も左も分からない状態の自分は、どう考えても不利。なにより、アクシアルがやたらと乗り気なことが気に掛かる。
「なんか、随分と乗り気みたいだけど…契約を結んだとして、アンタになんか良いことあるの?」
馬鹿正直に聞くのもどうかと思うが、自分には答えを出すための判断材料が少なすぎるのだから仕方がないと自分に言い聞かせる。
「オレ達にとって契約は絶対的な力がある最優先事項なんでね。お前と契約したら、オレはお前を守れといった聖の口約束より、堂々と聖の護衛を優先できるというわけだ。聖に追い払われずに済むし」
当然と言わんばかりの態度で告げるアクシアルに、透夜は複雑そうに苦笑を漏らした。
何でそんなに聖を大事に扱っているのか…その質問はさっき蹴られたから聞けないけれど。
「………オレの生命力をあげるって、具体的にどうすんの?」
少し躊躇った後、そんな質問を口にした透夜に、アクシアルは真面目な表情で向き合う。
「悪いけど、そっから先は契約してからじゃないと教えられない。けど、命の保証は勿論するし、今後の生活に支障を与えるようなことも絶対にないと約束する」
言えない理由は何なんだと思いはしたものの、そこまで追求せずとも透夜の心は既に決まっていたらしい。
(オレってばギャンブラーかしら)
内心苦笑しつつ。
一つ大きな息を吐くと、透夜は肩の力を抜いた。
「おけ、りょーかい。その話乗らせて頂きます」

 
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