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◇◇◇◇◇



………………また、夢。多分・・・
多分あの頃の‥‥あいまいな、記憶の欠片。
何処だっけ?ここ。
知ってる気がするけど‥‥・・真っ暗で、何もない。
暗い所が、苦手な方じゃなかったと思う。
でも、もうどれくらい歩いたか分からないくらいずっと歩いているのに、何処まで行っても何もなくて…。
このままずっと、もうずっと帰れないのかと思ったら、急に心細くなった。
苦しくて、泣きたくなって、でも必死に涙を堪えてたら、急に目の前に光が現れた。
「………‥人間の、子供か‥・・」
低い、無機質な声が上の方から掛かって、びっくりして見上げた先に、背の高い男の人が居た。
――――――凄く、キレイなヒト。
「どうした、迷ったか?」
人が居ると思ったら、安心して、嬉しくなって、笑った。
「‥‥生きた魂が来るところではないんだがな」
よく分からないけど、彼は独り言のように呟いて、それから視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「お前、名は」
真っ直ぐに俺を見る、赤い瞳。これもキレイ。
「聖」
「では聖、もと居た場所へ帰る気があるなら、途中まで案内してやるが…来るか?」
「うんっ♪」
よく分からないけど、嬉しかった。人が居たから‥なのかも知れない。
「………着いて来い」
俺の答えに、彼は立ち上がるとゆっくりと歩き出した。
ゆっくりだったけど、背の高いこの人と俺とじゃまるで歩幅が違うから、結局俺は走ったんだ。
「お兄ちゃんは?」
こっちを向いて欲しくて、話し掛けると、振り返った。
「…………?」
「お兄ちゃんの名前!」
「あぁ……………。レイス」



◆◆◆◆◆



父王ルーンの手に首をきつく締め上げられ、反射的に腕を引き剥がそうとするが、今のロイの力ではどうすることも出来ない。
皇子の力を使って召喚したドラゴンは、確かにルーンを完全に捕らえたはずだった。その力を持ってしても、彼の汚染された血を浄化することは出来なかったということになる。
「‥‥・・陛・下・・・っ・」
息苦しさに表情をゆがめるロイを、ルーンの冷酷な瞳が射抜く。
「聖龍王の力といっても、所詮この程度か…」
瞳に映るのは、確かにロイの知っている父の姿…しかし龍族の証である長かった耳が、魔族の短く尖ったそれへと完全に変化を遂げていた。
………魔族へと完全に取り込まれてしまった者を救う術は、ないと伝えられている。
「‥‥‥‥・・・父‥う・・ぇ・・・・・・」
次第に意識が薄れていく中で、ロイが無意識の内に発した言葉に、ルーンの消されたはずの意識が揺さぶられる。
「………‥‥ロイ‥・・」
と、突然何か突き刺すような…鈍い音が響き、ロイの首を締め上げていたルーンの手から力が抜ける。
解放されたロイは力なくその場に崩れ落ちると、ようやく得ることの出来た酸素にむせ返った。
―――――途端に鼻をつく血の香り。
「‥‥‥‥父‥上‥・・?・」
貧血に視界が暗くなるのを、無理矢理身体を起こすと、目の前に現れたのは王妃の姿だった。
「‥‥母上?」
ロイの声に、彼女の手から鮮血に染まった剣が滑り落ちる。
「‥‥‥・母上・何、を・・・」
ロイと視線を合わせるように身を屈めると、震える手でロイを抱き寄せ…押し殺したような声で呟いた。
「………貴方が無事でよかった」
耳元で響く母の声をどこか遠くで聞きながら、ロイの視線は…王妃の背後に広がる血塗れのルーンの死体に釘付けられていた。
「ロイ、貴方は生きなければなりません。我ら龍族にとって、聖龍の皇子は希望の光………その命を脅かす者は、何者であろうと許されない」



◇◇◇◇◇






◇◇◇◇◇



見慣れた景色に、ゆっくりと視線を泳がせる。
纏わりつくように残る、頭痛………。
「お・は・よぉ〜♪」
掛かった声に視線を向けると、ベッド脇に座ってオモチャのバスケットボールで遊んでいる透夜を見つける。
「……………。……俺の、部屋?」
「そそ、部活は早退。ひーさんいきなり倒れっからさぁ」
言いながら立ち上がると、未だ放心したままの聖の顔を覗き込んだ。
「‥‥‥‥まぁだ、顔色悪いやね」
透夜を正面から認めて、聖はようやく安堵の息を洩らした。
(今度こそ…現実‥‥‥)
しかし瞳を閉じると、直前まで見ていた映像の残骸が脳裏をよぎる。
最後に見た血の赤が瞳に焼き付いて離れず、聖は透夜の視線から逃れるように、両腕で顔を覆った。
「‥‥聖?」
声を掛けても反応を返そうとしない聖に、透夜は小さく息をつくと、ベッドを離れた。
「なんか飲む物でも持ってくる?」
「……………いらない」
「あっそ」
聖の返答を特に気にすることもなく、透夜は壁に掛かっているオモチャのゴールを使って遊び始める。
透夜が部屋を出て行かないことに、聖は内心ほっとした。独りになりたくない、今は………。
壁に掛けてある時計に目をやると、後もう少しで6時という時刻を指している。
透夜のことだから、ずっと側に付いていてくれたのだろうと思うと、結構長い時間拘束していたことになる。
「……………。透夜、剣道は?」
「もっちろんありますよぉ〜。帰ったら稽古だもん」
「‥‥‥ふぅん」
独りになるのが嫌で、けれどこれ以上透夜を拘束するには気が引けた。
「…………お前って、ほーんと甘えんの下手な」
そんな聖に、透夜はわざとらしく溜め息をついて見せた。聖の考えそうなことくらい、分からない自分ではないというところか…。
「少しはうちのギル君を見習ったらどうかね。ベタ甘よ?彼」
透夜の前では誤魔化しがきかないのだと、改めて思い知らされる。悔しいけど、嬉しい…。
「……………無茶言うな」
聖は照れを隠すように、布団の中へと潜り込んだ。
「もー、ひーちゃんったら素直じゃないなぁ〜」
そんな聖を笑い飛ばしながら、透夜は聖が潜り込んだベッドの上に寝転がった。
「っだあぁぁぁっっっ!!重いっっっ!!!」
「ひっどーいっっ、透夜くんこんなにないすばでいなのにぃ〜」
透夜を跳ね除けるように聖が飛び起きると、透夜はいつもの冗談で返した。
しかし、起き上がった聖は、俯いたまま反応を返さない。
仮にも病人相手に調子に乗り過ぎたかもしれないと反省しつつ、透夜はベッドの端に座りなおした。
「悪い、いつもの調子で…」
言葉の終わらないうちに、聖に腕を掴まれる。
「………聖?」
相変わらず俯いたままで、表情は見せようとしない。ただ………わずかに震えているのが分かった。
「……………ちょっと、マジで‥‥キツイ‥」
治まらない頭痛と、耳鳴り。
「…………透夜…‥助けてくれ‥‥」
夢の中の映像が、頭を離れない。
――――――視界が、血に染まる。
「‥頭‥・変になりそぅ・・・」
かすれた声で聖がそう呟くのを、透夜は聖の頭を強引に抱き寄せるようにする。聖も透夜に逆らうことはせず、言葉を続ける。
「……今まで、こんなこと‥なかったのに‥・・」
「なぁーにが」
「…………‥‥ロイの夢、ここんとこ…毎日‥つか、普通に起きてても、急に思い出したり‥して‥……」
言いながら、先程の感覚を思い出して、透夜の腕を掴む手に力が込もる。
幻聴を聞くように、夢の中で聞いた台詞が、魂の深くから響く。
「‥‥…横んなっとく?」
聖が全身を強張らせるのを、透夜は心配そうにそう声をかけたが、聖は緩く首を振った。
…ふと、先ほど見た夢の中に、ロイの記憶ではないものが混ざっていることに気がつく。
―――――甲高い、女性の声。
「…………母さん」
その時のことが思い出せるわけでもなく、ただ頭の中で台詞だけが繰り返し響く。
「……聖?」
「‥‥…っ………!…」
聖は空いていた方の手で耳を塞ぐようにすると、目に見えて震えだした。
何か声を上げたような気がしたのだけれど、透夜はそれを聞き取ることは出来なかった。

 
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