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「あの、やっぱ・・・ちょっと待ったっっ」 近づくアクシアルの気配に、透夜は咄嗟にそう言うと、アクシアルの身体を押し戻した。 「お前な…いい加減、往生際悪い」 呆れた声が返ったものの、一応透夜の意志を尊重してか動きを止めるアクシアルに感謝しつつ、背を預けていた木に凭れて透夜は深く息を吐いた。 「ス、スンマセン」 流石に透夜自身も往生際が悪いことは分かっていた。既に決定してしまっている事柄に、今更時間だけを引き延ばしたところでどうにかなるわけでもない。 しかし。 「・・・・・わざと、最初に言わなかった、とかってことない?」 〈生命力を取り込む〉という行為が、こんなことだとは流石に想像していなかった。 「本気で言っているならお前のことは低脳と思うことにするが」 「冗談です。低脳は勘弁して下さい。てか、流石にその単語は痛々しいから」 冷たい視線と共にさっくりと切って捨てられ、透夜は乾いた笑いで返す。 透夜だって、本来の意味が分からないわけではない。戦乱の世だというのであれば、種族を明かすことは性質や弱点にだって繋がる可能性があるのだろう。 たとえ、今の透夜がその知識を知らないとしても、本当に〈皇子〉だというのであれば警戒するのは当然といえる。 「どうせ半日身体がだるい程度だって。明日の朝には普通の体調に戻ってる」 「それはもう聞きました」 先ほどから何度も説明されているそれに、今更疑うつもりはない。 「じゃあ何、血を吸われるのがそんなに怖いわけ?」 血を吸う…つまり、彼の本質は吸血族ということらしい。 「怖いってわけじゃないけど・・・」 言って視線を落とす透夜に、アクシアルは肩を竦める。 「もういいよ。契約は成立してるわけだし、お前さんと戯れ合ってる気はないんで、いい加減覚悟決めてね」 今度こそ透夜に耳を貸さない気らしく、透夜の身体を引き寄せると肩口を肌蹴させて血の流れを確認するように指で辿り始めた。 透夜は観念したように瞳を伏せ、仕方なくされるままになる。 「・・・・・何かこれ、すんごいヤな構図。大体お兄さん手つきヤラシイってば」 「あぁ、もしかして首弱い?」 「変な解釈せんで下さい」 言葉に透夜が心底嫌そうにそう返すのを、アクシアルはわざとからかうように続けた。 「悦すぎて気絶しないでね」 「アンタねぇ・・・・・ッ!!」 痛みをまるで感じなかったのは、牙が鋭すぎるせいか…直後、透夜は自分の取った選択を後悔し、反射的にアクシアルの身体を引き剥がそうとしたが、既に力がほとんど入らない状態に陥った。 「ちょっ・‥‥と、待・・・・・」 噛み付かれた箇所に熱が集中し、己の血の流動が一際強い自己主張をする。しかし、そんなことを意識することが出来ないほど、襲われた感覚は言い知れぬ快感だった。 血を吸われるというより、変な薬でも使われたんじゃないかと思うそれは、〈吸血鬼〉と聞いて先入観があったせいか、まったく予想外の展開である。 理性が快感に覆い尽くされ、思考回路が機能を成さない。このまま流されるのは危険だと分かっていながら、既に捕らわれた状態の透夜にはどうすることも出来なくて。 息を詰めてどうにか感覚をやり過ごそうとするが、それも力が抜ける身体には無意味に等しい。 背後にあった木に再び背を預け、どうにか身体を支えていた透夜は、やがてアクシアルから解放されるとそのままズルズルとしゃがみ込んだ。 「やっぱり・・・思った通り、皇子ともなると格別だね。癖になりそう」 口の端に付いた血液を指で拭い、それを舌で舐めとると、アクシアルは満足げに言っておとなしくなった透夜を見下ろす。 快感に喰い潰されそうになる理性を保とうと必死に格闘しているらしい…これで落とされないところは流石と褒めてやるべきだろう。 しかし、ここまでくれば手に入ったも同然である。 「ただの血を吸うだけの能力だと思った?獲物を逃さない為には当然の力だろ…もっとも、あっちの世界にだってこの力を知ってる奴なんて皆無に等しいけど」 アクシアルの声を聞くだけで全神経が過剰反応を示し、直前までの快感を思い出させ、透夜はどうにか逃れようとキツく瞳を瞑るが、アクシアルがそれで許すはずもなく。 「約束通り聖のことは任されてやるよ。でも、その前にさっきの質問の続き…オレを欺こうなんて身の程を分かってないね」 視線を合わせるように屈むと、視界を閉ざした透夜の意識に入り込むように耳元で言葉を紡ぐ。 「今度は、真実を言ってくれるだろう?」 絶対的な支配…ただ、それは押さえつけるような圧力ではなく、甘美に蕩かすような感覚で直接脳内に響く。 「なんなら、もう少し吸ってやろうか」 言いながら赤く滲む肩の傷に指先で触れられ、予感にゾクリと全身を駆け抜けた感覚に息を飲み、しかし透夜はどうにか首を左右へと振った。 今ここで流されては、本当にどうにかなってさまいそうだった。 「そう?残念だな」 口の端で笑いながら言って、指を離すと同時に傷跡を消し、指に残った血液を舌で味わう。 傷の消えた肩口を透夜は手の平で押さえ込むようにし、未だ熱い肌を落ち着かせるようにしながら、膝に預けた腕に顔を埋めた。 「あまり抵抗されても、オレが喜ぶだけなんだけどなぁ」 アクシアルから降る嘲笑にも、今は何でもいいからこれ以上声を発しないで欲しいと切に願うばかりで。 「・・ッんの・・‥、悪シュミ・・・」 かろうじて吐いた悪態は、却って透夜の限界を告げる。 「そろそろ、本題入ってもいい?」 髪を乱暴に掴んで強引に顔を上向かせると、視線の合った先で透夜の瞳が見開かれ、やがてゆっくりと光が失われていく様を見届け、アクシアルは満足げに笑みを浮かべて手を離した。 「聖が階段から落ちて命を落とし掛けたと言ってたけど、本当はお前その場に居たな…もしかして、龍が降臨したところも見てるんじゃないの?」 アクシアルの問い掛けに、透夜は素直に頷いて見せる。 「さっきは何で言わなかった?・・・まぁ、大体の想像はつくけど」 「・・‥ひ‥じり、が・・・覚えてない、記憶だから。下手に話せない」 予想の範囲内で返った回答に、つまらなそうに瞳を伏せると、アクシアルは透夜の元を離れて立ち上がった。 「階段から落ちたと言ったが、それ本当なの?聖のあの力があれば足を踏み外して落ちるなんて有り得ないし…第一、仮にそうでも安全な場所に転移できるはずだろ」 初めから、彼の説明は疑念があった。今までもそう話していたのか、口調には疑わしいところはなかったが、聖の〈力〉を目の当たりにしているアクシアルには根本的に信頼できない内容である。 「アイツの力は一般的には異端扱いされる。だから昔から力を使わないように教育されていたし、そのせいで聖の母親はノイローゼになってる」 告げられた内容に、アクシアルは透夜へと振り返る。 「あの頃、聖の母親は精神的にすっかり病んでて…周りに大人が誰も居ないときは特に酷かった。アイツ、毎日…虐待されて‥傷、耐えなくて‥‥・・」 既に自分の意志は消されているはずの透夜は、自分の心にも傷となっているのか…言葉を口にする度に苦痛の色を浮かべる。 「………それで?」 瞳を伏せ頭を抱え込むようにして…言葉の止まった透夜に、アクシアルは先を促す。 「‥‥・っ、・・・ァ・」 「お前の知っていることを全て話せ。そうすればお前は苦しまずに済む」 冷めた視線で見下ろしながら、透夜を支配する力を強めるように告げる。 しかし怯えるように首を振る透夜に、アクシアルは小さく溜め息を付くと、彼の元へ戻った。 (手抜きすんなってことね) 座り込み俯いたままの透夜の額へ軽く指を添え、無意識に戻り掛けた透夜の自我を押さえ込むように魔法力を直接注ぐ。 「オレの言うことが聞けるな、トウヤ」 名を告げることによって心を縛ると、今度こそ透夜から表情が消える。 「話せ」 |
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