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◆◆◆◆◆



自室で読書にふけっていたロイは、城内に流れる空気のわずかな乱れを感じ取っていた。
「………宮、居る?」
空間を越え、自分のドラゴンを呼ぶと、すぐに彼の気配を掴むことが出来た。
『ロイ様、いかが致しました?』
どうやら彼は、城主の下に居るらしい。
「城内で何かあったみたい…国王陛下に調べてもらうように言って」
言いながら手元の本を閉じる。
王妃の懐妊が報告されて一月余り、それ以来は城の警備は強化していたはずなのだが・・・。
自分の剣を取りに席を立ったロイは、ふと人の気配を感じ取って、バルコニーの方へと歩み寄った。
「……………。誰か居るのか?」
とはいっても、建物の3階に位置するこの部屋のバルコニーに人が居るとすれば、不審者であることは間違いない。
護身用に身に付けていた短剣に手を掛け、外の風を取り入れるために開け放たれていたガラス戸に近付くと、捉えたはずの気配を一瞬見失った。
(……何処だっ)
全神経を辺りの気配へと向けさせたロイは、背後に現れたそれに短剣を抜いて振り返った。
しかし相手の姿を確認すると、全身が凍りつく。
「‥‥・・レイ・・ス・・・?・」
一月ぶりに会った彼の姿を、ロイはただ呆然と見つめた。
「………久しぶりだな」
ロイの態度を気に止めることもなく、レイスは感情のない声音で話す。
………変わらない、低いトーン。
「なん‥で‥・・・あれ‥?‥、久し‥ぶ、り‥‥‥」
10歳の子供とは思えないほど、普段は大人顔負けの冷静沈着さを誇っているロイが、今は全てが真っ白だった。
頭の中をくるくると思考が空回りして、ただ…懐かしさだけがはっきりと込み上げてくる。
―――――たった一月、会わなかっただけなのに
握っていた短剣を鞘へ納めたロイに、レイスは不思議そうに問いかけた。
「それを仕舞うのには、この場合問題があるのではないか?」
自ら不審者だと告げるレイスに、ロイは未だパニックから抜けきれない頭で、なんとか思考を巡らせる。
「‥‥・・ああ、そっか。さっきの‥感じ、レイが‥地下抜け出したから‥‥・」
言いながら、ロイは必死に感情を押し殺した。
レイスと出会ったあの日から、毎日彼に会いに行くことが日常だった。この息苦しい城の中で、唯一見つけた安息の場所…それを無くしたのが、丁度一月余り前のこと。
しかし、とても短いとは言えない年月の流れの中で、誰にも見つからなかったことの方が、奇跡に近かったのだから・・・。
「‥‥・・どうしたの?外はうるさいから嫌だって…言ってたのに。レイスが自分から出てくるなんて」
視線を交えていることが辛くなって、ロイは出来るだけ自然に視線をそらした。
気を抜けば、涙すら流してしまいそうだった…情けないことに。それ程彼に、レイスに会いたかった。
自分の中でのレイスの存在が、どれだけの領域を占めているのかを、改めて思い知らされる。
「……………お前に、会いたいと思ったから」
「っっっ!!」
レイスの言葉に、ロイは弾けたように顔を上げた。
表情を作ることすら忘れて瞳を見開くロイに、レイスは小さく笑う。
「なんて顔してるんだ、お前は‥・・」
「‥‥レイから、そんな言葉‥聞くなんて・・思ってなかった」
自分は、そんな言葉を掛けてもらえるような立場じゃなかったはずだ。それなのに………
抑えきれなくなった想いに、ロイはきつく瞳を閉じた。涙が、頬を伝う。
「……相変わらず涙腺が緩いな。感動の再会を喜ぶような状況じゃないんだが‥‥‥」
「‥……分かってるっ!?」
言って、奥歯をきつく噛みしめた。
城の者に見つかれば、レイスは再び捕らえられることになるだろう。捕らえられなかったとしても、彼がこの城を出るならば、ルアウォールを倒さなければならないロイにとって、敵になるということだ。
どちらに転んでも…もうあの頃のようには戻れない。
最初からレイスの立場は理解していた、結果は分かっていた筈だった。
「お前と過ごす時間………嫌いじゃなかった」
涙の止まらないロイをなだめるように、レイスは濡れた頬を拭うと、頬に軽く口づけた。
変わらない温もりが、深く胸に突き刺さる。
「まぁ、いいかげん独りで居るのにも飽きたしな」
と、部屋の外から近付いてくる人の気配に、レイスは振り返ると瞳をわずかに細めた。ロイは慌てて濡れた頬を拭う。
「……………。ロイ、少し‥付き合ってもらうぞ」
言われて俯いていた顔を上げたロイは、レイスと視線を交えた瞬間…全身から感覚が消え、崩れる身体をレイスに受け止められる。
部屋のドアが勢いよく開け放たれたのは、丁度その時だった。
「皇子様っっ!!」
レイスは部屋に入ってこようとした相手に見せつけるように、先程ロイが手にしていた短剣を手にとりロイの首筋へと当てて見せた。
「皇子の命が惜しかったら、其処でおとなしくしていることだ」
その一言で、部屋中に緊張が走るのが分かる。
レイスを前に無防備過ぎたせいか、ロイは完璧にレイスの魔法に捕らえられていた。
レイスの力の程に城の者たちの身を案じながら、ロイは暗闇へと意識を飲まれていった。



◇◇◇◇◇



―――――暗い。
ここは何処?何もない、何処まで行っても暗い世界。


『何度言ッタラ分カルノッッ!!』


甲高い声が響く。これは…そう、母の声。
知らない、聞きたくない、苦しい・・・


『ドウシテッ!聖ハ何モシテナイジャナイ!!オ母サンナンテ嫌イッッ』


抱きしめてくれる、庇ってくれる優しい腕…早苗の腕が嬉しかった。
でも、自分さえ居なければ、彼女が母を嫌う理由なんてなかったのに………


『コノ家ニ来ナイデ頂戴ッッ!化ケ物!?』



◆◆◆◆◆



「いーつまで寝てるかな、この子は…」
川原で汲んできた水と、新鮮な果物とを両手に抱えていたアクシアルは、木陰に寝転がったままでいるロイに、両手が塞がっているという口実で蹴りを入れた。
「…………………」
しかし、ロイはというと呼吸の乱れはなくなったものの、激しい疲労感から起き上がるどころか言葉を交わす気力すら起きてこない。
「だから、ピッチ落とそうかって聞いたのに…。あまり長い間城空けてるとヤバイんじゃないのぉ?一応あんた城主でしょうが」
アクシアルのこの口調が、どうにも引っかかる。心配してくれているのだろうけど…。
体形はほとんど変わらないくせに、ここまでスタミナに差があるというのは、やはり自分には無駄な動きが多いということだ。
「…………平気。今日は宮に『出掛ける』って言ってきたから」
言いながら、ロイはだるい身体を無理矢理起こした。
「どうせなら、武者修行とか言っとけばよかったじゃん♪嘘じゃないんだし〜」
アクシアルはからかい口調で言って、今度は自分が寝転がる。
「余計なことを言うと、城を抜け出し辛くなるんだよ」
アクシアルが汲んできてくれた水を喉に通し、ロイはようやく息をついた。
「大して変わらんて〜♪♪」
ロイの心配を軽く笑い飛ばすと、持って来た果実にかぶりつく。
「しっかしロイってば大胆だよねぇ〜♪まさかオレに稽古付けてくれなんて言ってくるとは思わなかった」
「……………。お前がいきなり友達になりたいとか言い出したんだろ。交換条件に頼み事聞いてくれるって言ったのだって、アルじゃないか・・・」
大胆さからいったら、どう考えてもアクシアルの方が上だと思う。
「ま、そうだけどさ〜。でもお前魔法の使い方もレイスに教わったんだろ?一応敵方の幹部相手に根性あるなぁと思って」
「………レイスの時は、子供だったし‥あまり深く考えてなかったから」
実際レイスには教えて欲しいと頼んだことはなかった。ただ、大人たちの視線に落ち込むことの多かったロイに、レイスは慰めるようにいろんな事を教えていったに過ぎない。
「………まぁた思い出に浸ってる」
言いながら、アクシアルに頬を軽く抓られて、ロイは我に返った。
「ゴメン‥‥‥」
「立場上アイツの話なんて今まで出来なかったんだろうけどさ」
言葉に、ロイはただ微笑む。
ようやく自然に見せてくれるようになった笑みは、けれどアクシアルは内心溜め息をついた。
レイスから聞いたことはあったが、しかし………。
(ほーんと、笑顔しか見せないのなぁ‥‥‥)
自分が信用されていないからではなく…それは仲間に対しても同じ事で。
アクシアルが黙り込んだのを気にすることなく、ロイは彼の持ってきた果物に手をつけた。
「そのうち…ロイが本当にオレのこと信用してくれるようになったらでも、家遊びに来るといいよ」
どうせ笑顔しか見せてくれないのなら、心の底から笑ってくれたらいい。ロイが一番喜ぶことなんて分かりきってる…自分だったら力を貸してやれるのだから。
「オレの呼んだ客だったらレイスも気にしないし」
突然の言葉に意味を解さなかったのか、不思議そうに視線を向けてくるロイに、アクシアルは付け足すようにそう言った。
言葉に、ロイは少しだけ考えると、さらりと返す。
「…………それはまた随分と先の話だな」
「‥‥・ちぇっ、ひっでーの。オレが珍しくこんなに頑張ってんのになぁ」
あまりに自然に返された答えに、アクシアルはふてくされてロイに背を向けるように寝返りをうった。
そんなアクシアルの背を見ながら、ロイは小さく笑った。
アクシアルが本気かどうか、そばにいればすぐに理解できた。本当は、とっくに信用していると言ったら、どんな顔をするだろうか…。
「まぁ、そのうち…だな」

 
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