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シンシアはやれやれと肩を竦め、脱力する身体を休めるように、壁へと背を預けた。
「だいたい、この面子じゃあクリフが一番マトモなんだって。お前さん抜けると結構悲惨だぜ?」
一番まともという言葉には確かに頷くところは多々あるが、悲惨というのはいかがなものか。
微妙な空気が流れる中、シンシアは気にせず言葉を続ける。
「あたしはそもそも不良の成り上がりだし、トーヤは剣のことしか頭にないから、他の仕事はサボりまくる。サーラは運動神経切れてるし、そもそも優しすぎて戦闘にはまるで向かない。デューイは未だに悪徒大王だし、こいつもマトモに仕事をした試しがない」
上げ連ねるシンシアに、当人を除いて苦笑が返るのは、確かに彼女の言葉が的を得ている証拠である。
「そんでもって国の最高責任者が〈これ〉だ」
ロイの場合に限って、わざとらしくうんざりと溜め息を吐くシンシアに、皆が吹き出した笑いを堪える。
「どうして私の時だけ〈これ〉扱いなのかな、シン?」
苦笑を返すロイに、シンシアは意地の悪い笑みで応えた。
「そりゃあたしも自分が可愛いですから。洒落にならない冗談言って周りの奴らの寿命縮めるのが趣味とか、正義の味方にあるまじき捻くれた性格でいつも側近が泣いてるとか、そんな本当のこと口走って上官侮辱罪とか言われたら困る」
思い切りよく話すシンシアに、皆が笑い出す中、ロイは困ったように笑うしかない。
「‥‥・結構な言われ様だね」
仮にも世間的には歴代例をみないほどの優秀な王として通っているのだが。
「あたしゃ本当のことしか言ってないよ」
「そうそ、リーダーがこれだからな」
からかうように追随するトーヤに、クリフが肩を震わせて笑いを堪える。
「やっと笑った。‥…多少引っかかる感はあるけど、今回は大目に見るか」
「す、すいません‥・」
苦笑しつつも安堵の息をつくロイに、クリフは肩を震わせたまま申し訳なさそうに謝罪した。
ようやくと普段の空気に戻る中、それまでおとなしかったデューイが無言のまま立ち上がると、ドアへと向かう。
「デューイっ」
呼び止めるクリフの声にも足を止めず、ただスタスタと歩いていってしまうデューイに、ロイはやれやれと肩を竦める。
「デュー、君は後で私の執務室までおいで」
そうしてドアを開けた頃になって掛けられたロイの声に、ようやくデューイの足が止まった。
「‥‥・なんで?」
「いいから来なさい。いいね?」
「……………」
威圧的な言い方に、不服そうな表情でデューイはロイを睨むが、ロイは気にせず見つめ返す。
「デューイ。返事は?」
「………分、かり‥ました‥…」
結局根負けしたのはやはりデューイで、拗ねたように視線をはずした。
「…‥デューイ」
申し訳なさそうに声を掛けるクリフを、デューイは僅かに振り返る。
「………‥‥なんだよ」
問われて、再び謝罪の言葉を口にしてしまいそうになり、けれどこの状況でそれはかえってデューイの神経を逆撫でするだけだと思いとどまると、クリフは続く言葉を見つけられずに黙り込んだ。
デューイの気遣いは痛いほど分かって、彼がそういったことが苦手なことも知っている。
「クリフ」
黙り込んだままのクリフに、デューイは仕方なく声を掛ける。
「‥‥傷、ちゃんと治せよ」
「‥‥・・うん」
「じゃあな」
後はもう振り返ることもなく、デューイは足早に部屋を後にした。
「なんというか…いつまで経ってもデューイは幼いね。我々にも責任はあるのだろうけど」
困った様子で息を吐くロイに、クリフは何とも言えない表情を浮かべる。
思考が幼いというよりは、感情をストレートに出しすぎるのだとは思うけれど。
今の自分に比べたら…いや、比べることすらはばかれるくらい、クリフには眩しい存在であることも確かなのだ。
「クリフ、君と足して二で割ったら丁度いいんじゃない?」
「‥‥・えっ」
少し驚いたようにロイを見上げると、悪徒っぽい笑みと耳打ちが返る。
「二人とも、早く大人になってくれたら、私が楽してサボれると思うのだけど、どうかな?」
それで思わず笑みがこぼれた。
この人は…ロイはどうしてこれほど、相手の気持ちを掴むのが上手いのだろうかと思う。
本当に、極自然に、相手の気持を汲んで、最良の方法で導き解決していく。
ずっと憧れだった。
だけど不器用な自分には、到底真似など出来なくて。
結局自分は、ただの一度も、ロイを救ってあげることはできなかった。



◇◇◇◇◇



(‥‥あと何人、居るんだっけ)
小さく息を吐くと、貴志はロッドを構え直し、目の前の戦闘にろくに集中もせずにそんなことを考える。
いくら戦力が彼らよりも勝っているとはいえ、人数の差はかなりの負荷で、人並み程度の体力である貴志にはあまり持久戦に持ち込みたくないのが本音だ。
「‥・お・のれ・・」
まるで余裕を見せる貴志に、深手を負わされたネイはどうにか立ち上がると、忌々しげに睨みつけるが、それすら貴志は受け流す。
そしてもう一人…キリトは貴志から距離を取るように、離れた位置に身を置いていた。
(おとなしく養生でもしていてくれれば良かったのに)
ややうんざりした様子で思いつつ、二人共が射程距離に入るよう計算して詠唱を始める。
「聖龍王は何処に居る!」
何度目かの同じ問いにもまるで聞く耳を持たず、苛立ちにまかせ襲いかかるネイの短剣にも反応を見せない。
「ネイっ、そいつは影です!」
いち早く気づいたキリトのとっさの言葉も、既に遅く切りつけたネイの腕はそのまま〈影〉から伸びた植物の蔓のようなものによって捕らえられ、瞬く間に全身をがんじがらめに拘束された。
「・・アゥッ‥ぐっ‥・・」
必死にもがくネイをものともせず、骨をへし折らんばかりに絞め上げる。
当の貴志は二人の中間ほどに姿を表し、構わず詠唱を続けると、彼が手にしていたロットから溢れ出た光が、雫となって地面へ落ち、波状を描き幾重にも広がっていった。
光はネイとキリトの二人を大きく通り越し、結界に区切られた領域すべてに行き渡り、隅々まで光の線が方陣を描く。
(・‥まさ、か‥この陣!)
キリトがとっさに莫大な力を地に放ったその直後、地面を埋め尽くすように突き上がった巨大な円錐状の岩が、刃物のような鋭さで二人に襲いかかった。
ありったけの力を放ち、自分の足下のそれらを破壊するが、直ぐ様新しい刃が作られキリがない。
「くそっ」
キリトは破壊のために放っていた力を防御の結界へと変え、半径一メートル程度の最小限のそれに全力を注ぎ込む。
足下からせり上がる岩は結界との境界で押し崩され、脇をぬけるものは抉られながら天を突いて、辺りの木々と同程度の高さまで登りつめてようやく止まった。
残る力をほぼ使い切り、キリトは荒く肩で息を吐きながら辺りの気配に意識を向ける。
ふと感じ取った生臭い血の気配に、嫌な汗が背を伝うのを感じながら、視線をそちらへ向けた。
「‥‥…ネイ」
地に繋がれ身動きのとれなかったネイの身体が、無数の岩に串刺しにされ、既に息絶えている情景に、キリトは瞳を見開く。
ややして足下に広がった魔法陣が効力をなくし光が絶えると、岩は何事もなかったように姿を消し、ネイの骸だけが地に投げ出された。


 
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