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「怪我人の居る部屋で何を騒いでるのかと思えば」
唐突に開いた扉と掛けられた言葉に、三人の視線が一斉にドアへと集中した。
「良かった。クリフの意識が戻ったみたいだね」
ロイの後に続くように、共に出かけていたトーヤとシンシアも部屋へと入ってくる。
どうやら今戻ってきたばかりのようである。
「クリフ、何処へ行こうとしているのか知らないけれど、あまり感心しないね。君は絶対安静のはずだ、二人も困ってるじゃないか」
ロイは穏やかな表情で、しかし優しくはない口調で告げた。
「二人には迷惑を掛けて申し訳なく思っています。けれど、何よりも優先して成すべきことと思い、無茶を承知で貴方に会いに行こうと思いました」
クリフから向けられた真っ直ぐな視線を、ロイは腕を組んで受け止める。
「今、お時間を頂けないでしょうか」
「……………癒しと守護を司る地龍の皇子である君が、自分の容態を理解していないとは思えないけれど」
「勿論承知しています」
溜め息と共に告げるロイに、クリフは当然のように頷いて、それでも譲れないという風に真っ直ぐな視線で、ロイからの返答を待つ。
どうにも引きそうにないクリフの気迫に、ロイは仕方がないと小さく息を吐く。
「話が済んだらおとなしく休養を取るというなら、聞こうか。場所を変えなければ出来ない話なら、傷が癒えるでは受け入れないよ」
「この場で構いません。ありがとうございます」
ロイが壁に寄り掛かり聞く態勢をとる。
それまでクリフの身体を支えるようにしていたデューイに、クリフは視線を向けた。
「ありがとう、デュー。大丈夫だから‥‥・・・」
「けどっ」
自分の側を離れるよう頼むクリフに、デューイはどうにも心配そうな視線を返して、なかなか離れようとしない。
「デューイ、クリフを早く休ませたいのなら、どいてあげなさい」
見かねてロイがそう声を掛け、それでようやく…渋々とデューイはクリフの元を離れた。
クリフは改めてロイに対して向き直ると、忠告されたとおりその場からは動かず、そのまま深く頭を下げる。
今まで自分を支えてくれた全ての者達への謝罪の念と、自分自身への憤りが嵐となって体中を蹂躙する。
「俺には、皇子としての自覚が足りませんでした。この国と龍族に最大級の損失を与えたこと、仲間達に…何よりロイ、貴方の私的事情にまで及ぶ多大なご迷惑をお掛けしたこと、謝罪の言葉もありません」
地龍・陸を失ったこと…それは、龍族最強の砦の一角を失ったことに等しかった。
ただ、その場にいた仲間の誰も、クリフの取った行動が誤りだったとは思っていない。
クリフが動かなくても、きっと他の誰かがレイスに対し同様の行動を取っていただろう…それほどレイスに対しては、皆ぎりぎりの精神状態で、我慢の限界を感じていた。
ロイは小さく息を吐き、一度瞳を伏せる。
「………自覚は、あるみたいだね」
ロイの言葉に、仲間達の視線が彼へと集中する。
「…‥おい、ロイ?」
「あんたは黙ってな」
重い空気に、トーヤがまさかという思いで声を上げたが、シンシアが邪魔するなとばかりにそれを止める。
室内は静まり返り、緊張が張りつめていく状況に耐えかね、デューイが無理矢理割って入った。
「ちょっと待ってくれ!クリフは何もっ」
「やめろデューイ!!」
擁護しようとするデューイの言葉を、クリフ自身が強い口調で止める。
「俺たちは何を差し置いても皇子としての立場を最優先させなければならない!それができなかった以上、俺には、その資格がない‥…」
大きくはない声音で、ただ揺るぎない決意を載せて紡がれる芯のある言葉。
クリフの覚悟の程を目の当たりにし、デューイは言葉を失った。
それは、つまり─────
「皇子としての地位を、返上するつもりかい?」
皆が予感し、己の中で否定した言葉を、ロイは淡々とした口調で告げた。
「覚悟はできています」
顔を上げ、真っ直ぐに視線を向けるクリフに、ロイは表情を変えぬまま向き合う。
長い、沈黙。
真意を、心の奥底を見透かされそうなロイの瞳に、息が詰まる思いで、それでもクリフは視線を逸らすことはしなかった。
そこには確かに嘘偽りはなく、自分の侵した罪の重さを受け止めようとする、クリフの揺るがない心を映していて。
ロイはそれらを真正面から受け止める。
「クリフの気持ちはよく分かった、覚えておくよ。とにかく、今は傷を治すことを一番に考えなさい」
抑揚のない声…ロイは仕事に対してけして私情を挟まない。
十四という若さで国王となり、それでも家臣や長老達を黙らせるほどの政治手腕を見せた彼の、見事なまでの徹底ぶりは、ずっとクリフの憧れであった。
「………はい」
事の重大さから考えれば、恩赦など考えられない。
「…本当に、済みませんでした」
もう一度、深く、深く、頭を下げる。
これでもう、別れることになるだろう。
この人の側で、もっとずっと長いこと、自分を役立てたかったけれど。
せめて自ら身を引くことで、今まで信じてきた己のプライドを貫きたいと思った。
クリフの真剣な思いに、口を挟むことすら躊躇われ、デューイは納得できない感情に強く拳を握りしめる。
「クリフ」
そのまま部屋を出ていくと思っていたロイは、予想に反してベッドへと歩み寄ってくる。
頭を下げたまま顔を上げないクリフに、ロイは彼の耳元近くまで前かがみに身体を寄せて。
「………ごめん、じょーだん」
一瞬、部屋の空気は明らかに固まった。
皆が耳を疑うように間の抜けた表情でロイを見やる中、唯一人シンシアだけは呆れ返った視線をよこした。
「ローイ、やーりすぎだっての」
シンシアの言葉に起きあがり振り向くと、ロイは困ったように苦笑を漏らした。
「クリフがあまりに思いつめてるから、少しはノってあげなきゃいけないかと思って」
ロイの言葉にデューイはへたへたと座り込み、トーヤとサーラも解放された緊張に深く息を吐いた。
ようやく、クリフが顔を上げる。
未だ信じられないとでもいうように、瞳を見開いたまま、ゆっくりと。
「じ、冗談‥って‥‥あの…なぁ、お前のそれは全然わっかんねーんだよっっ!!」
トーヤが恨めしげに叫んで、ガツガツと壁に八つ当たる。
「そんなことないだろ。シンは分かってたじゃない」
いやに軽やかに笑う姿が、この場合は返って怒りを誘う。
シンシアはやれやれと首を振り、すっかり騙されていた四人に同情した。
「お前さんのは紙一重過ぎんだよ。ほら、デューなんて本気で泣きそうじゃんか」
座り込んだままわなわなと震えているデューイに、ロイは申し訳なさそうに笑い掛けた。
「ごめんね、驚いた?」
「‥‥・・・きぃーさぁーまぁーわぁぁぁっっっ!!!」
デューイは半泣きの状態で手近にあったクッションをロイへと投げつけたが、どうやら本当に腰を抜かしたらしく、立てずにいる。
「俺はなぁっ!!ホントにっ、本気でっっ、本っっっ気でぇ!!クリフの心配したんだからなっっっっ!?」
「本気でクリフを処罰する…なんて、私はそんなに信用がないのかな?」
苦笑いながら言うロイに、クリフ以外の全員が「あるわけないだろ」とツッコミを入れた。
「ロイ様、おふざけが過ぎますわよ。もう少しクリフの気持ちをお考え下さい」
さすがのサーラも相当脱力したらしく、小さい溜め息と共にそう告げる。
「はーい。反省します」
返事だけは素直に返して、それからロイはまったく反応のないクリフの顔を覗き込んだ。
「悪かったね、怒ってる?」
視線を合わせるように屈むロイに、ようやくクリフの視線がゆっくりとした動作でロイへと移行する。
「‥‥・あ、の・・‥・俺・は?」
「心配はいらないから、ゆっくり休んで早く良くなるんだよ?」
優しく微笑んで労りの言葉を掛けるロイに、未だ混乱の続く瞳が揺れた。
「‥し‥かし‥・・それでは・・」
「この中の誰一人として、君が罪を犯したなんて思ってやしない。それに、さっきクリフが言ったことを当てはめたら、誰よりも私自身に皇子の資格はないからね」
ロイの言葉にクリフは耳を疑うように視線を向ける。
「クリフ。それからデューイ」
身体を起こしたロイに突如名を呼ばれ、デューイは何事かと姿勢を正す。
ただ、ロイは視線を絡めたデューイに、少し辛そうに笑い掛けるだけで、他の三人へと視線を巡らせた。
「サーラ。トーヤ。そしてシンシアも」
一人一人と、確かめるように視線を合わせる。
「全ては、私が犯した過ちのせいだ。皆を巻き込んで、本当に済まない」
言って深く頭を下げるロイの姿に、皆一様に驚きを隠せない。
「レイスの狙いは私だ。私のせいで皆が戦乱に巻き込まれてしまうことを、本当に申し訳なく思う」
「やっやめて下さいっ!ロイ、頭を上げて下さいっっ」
側に居たクリフは慌てて両腕にしがみつき、ロイの身体を揺さぶる。
こんなところを見たいのではない。
ロイに何らかの事情があることは初めから察しがついていて、分かっていてレイスの口車にのった自分が愚かだったのだ。
こんな風に、この人を追いつめたくはなかったのに。
「これまでのレイスの行動を思えば、皆があの人を憎むのは当然だし、私がとやかく言う権利もない。ただ、皆が私のために怒ってくれることが、辛くもある」
ロイは、頭を上げなかった。
ただ、本当に辛そうに、言葉を紡ぐ。
「私は彼に憎まれて当然なんだ。だから、レイスに何と罵られようと、そのせいで皆が心を痛める必要など、ないんだよ」
命を預ける仲間達にさえ、滅多に見せることのない心の内、それをほんの少しだけ晒して。
「‥‥…理由は?」
静まり返った部屋で、シンシアは吐き出した重苦しい息と共に問いかけた。
答えは、聞かなくても分かっている。
ようやくと顔を上げ、真剣な表情でシンシアを見つめ返す。
「言えない。すまないと思っている」
それからふと、ロイは自嘲気味に笑った。
「君には忠告も受けていたのにね。結局私はなにもできずに、こうして犠牲を出してしまった。全て、私の責任だ」
「もうやめて下さいっ!!」
クリフは居たたまれなくなって声を張り上げた。
それは、身体中に深く残る傷に苦痛を与えたけれど、それよりも心が痛い。
「貴方のせいじゃないっ、全ては俺がっ‥…俺が、浅はかだったんです‥‥‥」
ぶり返す傷の痛みと衰えた体力、おそらく興奮状態にあったせいもあるだろう…息が上がり肩で息をするクリフに、サーラが気遣うように肩を抱き、落ち着いてと声を掛ける。
「貴方が何と言おうと、俺はあの男が許せなかった。まるでただの玩具を相手にするかのように、表情一つ変えず村を破壊し、貴方の心を踏みにじり傷つける…もう幾度もそんな光景を見せつけられて、誰も助けられない自分が悔しくて、憎悪ばかりを募らせていた」
今だって思い出すだけで怒りに身体が震え出すほどで。
クリフは感情を押し殺すように拳を握り、必死に自分を落ち着かせる。
こんな事を言えば、多分またロイを傷つけることになる。だから視線は合わせられなかった。
「何千何万という民を犠牲にして、貴方をこれほどまでに傷つけ、そのくせ自分はまるで心を動かさず、強靱な側近に過保護に守られて…それが許せなかった。だから、俺はわざと、レイスを挑発したんです」
 
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