<< top | novel >> |
<< back | next >> |
「やはり、聖さんと対峙していた連中が強いか…‥‥」 時鏡と呼ばれる水晶球によく似た石、指輪に填め込まれたそれからフォログラフの様に空中へと映し出された情景に、背を木の幹へと預けていた貴志は一人呟いた。 聖水の霧と大蛇の出迎えで使い魔以外の敵が減るとは考えていないが、そろでも多少戦力を落とせる程度に鬱陶しく罠を張り巡らせたのだ。対処の仕方を見れば、思考パターンや力量を垣間見ることは可能である。 静たちを護る結界とは別に、魔族等を閉じ込めたのは建物を中心としたドーナツ状のもので、尚且つ使い魔以外は一人か二人ごとに更に細かく障壁で隔離していた。 (………しかし、随分な人数で現れたものだな) 昨日貴志が倒したのは、使い魔を除けば四人、たった今結界に捕らえたのが九人。 姿の見えないアクシアルは聖の所だとしても、昨日の様子とあの男の性格から考えれば、彼は恐らく単なる野次馬だ。 今の所は他に敵の気配を感じないが、それにしたって随分な力の入れようである。 (覚醒していない今の内にということか‥…) 本来、皇子の資格を持つ者だからといって、外見や占術で判別できるものではない。 たとえ覚醒後でも、その力を使わなければ判らないはずで…その証拠に、先代の炎の皇子、トーヤは初めの頃は正体を明かしておらず、神殿の龍全てを召還可能なロイだけが、それを知っていたに過ぎないのだ。 それがあの戦い以来、あの世界の理は、バランスを失いつつある。 皇子が存在しない時は姿を表さないはずの神殿…それが、地の龍、風の龍を奉る神殿は、この五百年存在し続け、龍族を厚く加護していた。 しかし、炎、光、水の龍が護っていた土地は、徐々にその力が失われて震災や異常気象にみまわれる頻度が増えている。 そもそも皇子が何百年と不在であること事態、これまで例がなかった話で。 ―――――神は、本当に存在すると思うかい? ふと思い出した、いつかのロイの言葉。 それは考える余地もなく…でなければ、自分たち龍の皇子は存在自体が否定されかねないからだ。 あの時、クリフはロイの問い掛けの意味を、深く追求することはしなかったけれど。 今なら、思う…きっとロイは何かを知っていたのではないか、と。 何かの制約があって話せなかったのか、単に自分の意思で話さなかったのか、流石にそこまで掘り下げて予測することは難しいけれど。 クリフがロイとであった頃、彼は既に〈ああ〉だったから、昨日聖の口からあの男がロイと交友関係にあったと告げられたときの衝撃は酷かったし、仲間たちの前では本当に、ロイとアクシアルは敵同士以外の何物でもなかったのだ。 であれば尚のこと、ロイの本心などクリフの感性を辿ったところで理解できるはずがない。 相手が聖であれば、少しは本当のことを話してくれるであろうか。 いや、寧ろ相手が〈聖〉であり、今自分は〈貴志〉なのであれば。 「・・・・・・強引に白状させますか」 などと独り物騒なことを呟いて、気分を入れ替えるように軽く伸びと深呼吸をすると、貴志は樹に預けていた身体を起こして身体を解すようにする。 「とりあえず。まずはこっちを片付けないとな」 軽い口調とは不釣合いなほどの真剣な瞳で、貴志は向かう先を見つめて歩き出した。 全身を巡る神経の一つ一つが悲鳴を上げる。 著しい体力の消耗と、半身を抉り取られたような喪失感。 「気がついた?」 聞き覚えのある、よく見知っているはずの女性の声。 思考は随分と回転が鈍くて、仕方なく瞳を一度閉じると、再び開いた瞳で声のした方へと視線を投げた。 「クリフ!」 先程の声の主を確認するより先に、めいっぱい心配した親友の姿で視界が覆われる。 「‥‥・デュー・?・・」 最初に発した声は掠れてしまっていたけれど、それでもデューイは心底安堵した様子で。 「・・クリフ‥…よ、かった‥目ぇ開けた‥・」 全身の酷い痛みに、未だ意識ははっきりと覚醒しておらず…ただ、今にも泣きそうなデューイの表情に、自然と笑みがこぼれた。 「‥・泣くなよ、いい歳して」 腕を動かすだけで結構な痛みを伴ったけれど、クリフは構わずデューイの頬へと手を伸ばした。 「だって‥本当に心配したんだからな!もう、ほんとに‥ほんとぉーに‥‥・ッ・・」 声を殺して泣き出したデューイを宥めるように、クリフは優しいそぶりで頭を撫でる。 徐々に浮上する、意識と記憶。 「‥……悪かった」 思わずこぼれた苦笑は、取り返しのつかない事態を招いた、愚かしい自身に向けられたものだ。 「気分はどう?」 それまでデューイに気を遣って黙っていたサーラがようやくと二度目の言葉を掛けると、クリフの視線が素直に彼女へと向けられる。 「………最悪だよ。いろんな意味で、ね」 冗談めかして返した言葉。 しかし、それは日頃の彼らしからぬ…気高さも、潔癖さも、潔さも感じられない、疲れきった心を映し出していた。 「通常ならあのまま命を落としてもおかしくない…じゃなきゃ昏睡状態に陥っていたかだわ。ロイ様がいらっしゃったから、ここまで回復できたのよ。素直に喜んだ方がいいと思うわよ?」 諭すように、宥めるように…けして重くならない口調で告げるサーラの言葉は、今のクリフには優しすぎて、かえって痛みを感じさせた。 「そうだね‥ありがとう‥………」 その言葉に本意が籠もっていないことはあからさまで、けれど今のクリフには他人を気遣う余裕は微塵もなかった。 そうしてまた、二人を傷つけてしまう自分が、更なる自己嫌悪を募らせる。 今まで自分は何のために戦ってきたのか。 何を誇りに思い、何を信じて正義を貫いていたのだろうか。 「クリフ‥・・」 憔悴しきったクリフの様子に、デューイは掛ける言葉を見つけられない。 そもそもデューイは口が達者ではなく、こんな時に慰めの言葉一つも掛けられない自分を歯がゆく思う。 ただ、一人で思い詰めないでほしい。 思いはやはり言葉にはならず、デューイは言葉にできない気持ちを伝えるように、クリフへとぎゅっと抱きついた。 「ちょっ、デューイっ!クリフは重傷なのよっっ」 慌てて止めに入るサーラにもデューイは首を振って従わず、クリフから離れようとしない。 「‥・デューイ?」 ほとんど覆い被さる状態のデューイに、クリフは遠慮がちに声を掛けたが、デューイはただきつく抱きついてくる。 「‥‥‥デュー、重いよ」 困ったように笑う。 全身を負傷している状態で、わずかな刺激ですらクリフに痛みを与えたが、けれど〈痛い〉とは言わなかった。 人の温もりは、冷えきったクリフの心を僅かずつでも暖めてくれる…それを、素直に心地よいと思わせてくれた。 「‥‥…ありがとう」 あまりにも必死な様子のデューイに、僅かばかりの勇気をもらう。 落ち込むことはいつだってできる。 自分には、それよりも先にやるべきことがあるはずだ。 「ロイは、どちらに?」 視線をサーラへと戻して、そう問いかける。 サーラは言いづらそうに息を飲んで、ただおとなしく待っているクリフに、深く吐き出した息と共に言葉を紡いだ。 「………陸を連れて、神殿へ向かわれましたわ。解呪の法を探ると」 クリフを庇い、石へと姿を変えられた陸。 記憶にギリギリと悲鳴を上げる心に、今しばらくの封印をする。 限りない後悔も、自分に対する失念も、憤りも、もう少しだけ後回しにして。 「そう」 サーラの言葉に小さく頷いて。 「デューイ、ちょっとごめん」 それからクリフは未だ抱きついたままのデューイを、丁寧な動作で自分から離れるよう肩を押しやると、今度はデューイもおとなしく従った。 しかし、痛みを堪えつつ起きあがるクリフの姿に、二人は慌てて止めに入る。 「なっ何考えてんだよっっ」 「駄目よ寝てなきゃっ」 咄嗟に伸ばされたデューイの腕に支えられどうにか上体を起こし、たったそれだけのことで呼吸が乱れた。 「お前は命を落としかねないほどの大怪我を追ったんだっ!聞いただろ?休んでなきゃ」 デューイの腕にたやすく捕らえられ、それでもクリフはベッドから出ようともがく。 「‥・・な、きゃ‥」 「・‥え?」 掠れた呟きを拾いそこね、デューイは反射的に聞き返した。 「ロイに会いに行かなきゃ」 (…‥会って、謝らなければ) レイスの性格も、手口もよく知っていた。 分かっていて、それでも今度こそ押さえが利かなかった。 何よりロイを侮辱されるのが許せなかった。 ロイを傷つけるためなら手段を選ばないあの男が、許せなかったのだ。 ─────ロイを追いつめたくはなかったのに 挙げ句にレイスを本気で怒らせ、無様で完璧な敗北。 己の半身であり、皇子の証である地龍・陸をも失い、最早皇子としても役目を果たせなくなった。 今は考えてはいけないと分かっていて、それでも自分の愚かさに腹が立ち、クリフは奥歯を噛みしめ強く握った拳で感情を押し殺す。 「・・‥ごめん」 二人が心配してくれている…痛いほど分かる。 「お前は悪くない!だからっそんなに‥ッ‥・」 デューイの言葉にクリフは首を横に振り、それでもベッドを出ようとして、再度腕の中に抱き込まれた。 力では、到底かなわない。 「デューイ、行かせてくれ」 「駄目だっ」 心配を掛けたいわけじゃない。 「デュー、頼む」 けれど、謝らなければ。 「クリフ!!」 デューイは思い留まってほしくて、懇願するように名を呼ぶ。 「頼むよ‥…」 何が最良の方法なのか、見つからなかった。 「‥…ロイ様は、怒ってなどいらっしゃらないわ。貴方をとても心配してらしたもの」 二人の様子に、どう声を掛ければいいのかわからず、サーラは辛そうに瞳を伏せる。 「分かってます」 許しを請うためではない。 この罪が許されるとも思わない。 「ただ、謝罪しなければ、自分自身の気が済まないんです」 「何も今すぐじゃなくてもいいだろっ」 必死に説得を続けるデューイに、クリフは光を失った瞳で見つめ返す。 「自分の罪をそうと分かっていて償わずにいること、それは罪悪だと俺は思う。そしてそれは時間が立つほどに肥大する。これ以上…罪を重ねたくはないんだよ」 「〜〜〜〜〜何でっっ?!」 身体的にだけでなく、精神までもぼろぼろに傷ついたクリフの姿に、デューイはやりきれなさを爆発させて叫んだ。 「何でお前がこんなに苦しまなきゃいけないっ!何でお前なんだっ、悪いのはお前じゃないっ!!そうだろっっ!?」 クリフは間違ったことをしたわけじゃない。彼の人柄は誰よりも自分が知っている。彼の誠実さを、清らかさを、潔癖さを、気高さを、優しさを誰よりも知っている。 これまでに何度も対峙し戦ってきたレイスへの憎しみが、デューイの中で一気に溢れかえる。 |
|
<< back | next >> |
<< top | novel >> |