<< top | novel >> |
<< back | next >> |
強力に張られた結界を無数の使い魔達が取り囲む光景を、四人は離れた場所から遠巻きに眺めていた。 「本当に、こんな回りくどいやり方をする必要があるんでしょうか。問題の聖龍王はこの中に居ないんでしょ?」 「まぁそう言うなキリト。人質を取るのが有効なことは、昨日で立証されている。それに、五人の皇子の討伐も任務の内だ。聖龍王の居場所が分からない以上、こっちを攻めることが無駄というわけではないからな」 ラウドに宥めるように声を掛けられ、キリトは頬を膨らませるとそっぽを向く。 「何れにせよ、昨日の失態でオレたちは戦線を外されている」 無表情のまま告げるシスの言葉に、キリトはギッと睨み返した。 「昨日はちょっと油断してただけですっ、二度とあんなことにはならない!」 「聖龍王を相手に油断すること自体が誤りだ」 「元はといえばシスが取り逃がしてさえいなきゃ」 「うるさいわよ!!」 二人のやりとりに堪りかねたように殺気立ったネイの制止が入り、キリトは仕方なくそれ以上シスへと絡むのをやめる。 何かにとりつかれたように結界の中を凝視するネイに、キリトは肩を竦めた。 「なにあれ」 「ありゃ下手に障らない方が身のためだぞ」 そろだけ言ってその場を離れてしまうラウドに、キリトが消化不良の様子でいると、シスが小声で耳打ちしてくる。 「あれほど優位な条件での完全な敗北は、ネイは初めてだからな。余程プライドが傷ついたのだろう」 それでなくともアイツはプライドが高いからな…そう付け加えられ、キリトはそれこそ呆れ返った。 相手はあの聖龍王だ。 誰も先代を知らないとはいえ、世界中に語り継がれるほどの力を持った相手である。 そう易々と倒せてしまったら、それこそキリトにとって期待はずれというものだ。 もっとも、昨日の戦いで一番の深手を追ったのは、他でもないネイであるが。 「‥・る・ない‥絶対に、…許さない」 ブツブツと呟くネイに、シスはキリトの頭を軽く叩くとラウド同様その場を離れた。 「放っておいて大丈夫なんですか?あれ‥…」 シスの後をついて歩きながら、キリトは疑問をシスにぶつける。 「あれくらいで自己復帰できないヤツなど、気に掛けるだけ無駄だ。敵は一人じゃない」 シスの言葉に、キリトは瞳を輝かせる。 「地龍の皇子でしたっけ。一瞬で十二人も殺した上に、ラウドをいとも簡単に魔方陣に縛りつけたっていう」 「今のところ皇子の中で唯一覚醒しているようだが、昨日の様子では未だ皇子本来の力は使っていないだろう」 ますます期待を募らせるキリトに、シスはちらりとだけ視線を向けて。 「昨日の傷が癒えていないなら、ヤツとは戦わない方が身のためだぞ。聖龍王から受けた傷、お前が一番深いはずだ」 それこそ魔力の高いキリトだからこそ、あれだけの攻撃を受けても命を落とさずに済んだのだ。ダメージは相当なもののはずである。 しかしシスの忠告に、戦闘好きのキリトは難色を示した。 「折角のチャンスを、指くわえて見てろって言うんですか?」 「どのみちオレたちは万が一アイツ等が壊滅的打撃を受けでもしない限り、手出しを許されない。仮にそうなったとしたら、それこそ今のお前には重荷のはずだからな」 「……………覚えておきます」 どう見ても納得していない様子のキリトに、シスがそれ以上忠告することはなかった。 敷地内全体を覆うようにして張られた結界、それを取り囲んでいた使い魔達が、一斉に攻撃を開始する。 強力に思えていたそれが、集中的に与えられる力に震え、徐々にその形を歪ませていく。 「………地龍の皇子って、守護能力に長けているんじゃなかったでしたっけ?」 「そう伝えられている」 この五百年、皇子は一人も現れていない。 長寿を誇る魔族も、大半が先の戦で命を落としており、戦いにまるで関わらなかった者以外の生き残りなど、極僅かである。 こっちの世界に送り込まれた彼らの中で、これに該当する者は居なかった。 「にしては随分呆気ないように思えますけど」 キリトの不満げな呟きに、シスは瞳を細める。 「そう思うのなら、油断しないことだな」 昨夜の彼を目の当たりにしていれば、これほど簡単に彼の作った結界が歪められるとは到底思えなかった。 何せ片手間に張った結界ですら、誰一人として近寄らせなかったのだ。体制を整えるだけの猶予があった今、シスにはそれが罠だとしか思えない。 (本気でくるのか…?) 昨日は明らかに仲間の救出を最優先にしていた…今日とて守りを優先するのであろうが、昨日とは状況が違う。 地龍の皇子が攻めに転じた時に、果たしてどれほどの力を発揮するのか、計り知れないだけに、キリトでなくとも興味はそそられる。 「‥‥‥結界が破られますよ」 キリトの声にシスが意識をそちらへと向け、結界の割れ目から放たれた目映い閃光に瞳を細めた次の瞬間、結界を内側から突き破るように豪風が渦となり解き放たれた。 境界のほど近くに居た者たちは勿論、距離をとり離れていた二人も巻き込まれる。 「‥くっ‥・・・」 二人は咄嗟に身構え、しかし強い魔法力を含んだそれは容赦ないほどの吸引力で異端の者を結界の内へと引き込んでいく。 (‥‥…やはり、仕掛けがあったか) 「シスっ、あれっっ!!」 目も開けられず呼吸するのがやっとのような状態で、しかし押し迫る気配にキリトがどうにか確認した前方には、それこそ視界が全く利かないであろう不自然な濃霧が待ち受けていた。 「…‥あの霧‥・・リシュナだ」 「えぇっっ?!」 リシュナ…魔族や一部の魔獣にとっては猛毒となるそれが多分に含まれた水は、俗に聖水とも呼ばれ、まさに〈魔除け〉として用いられる。 勿論、魔族たちもそれを予防するための策は持っているのが普通だが、これほど高濃度の…まして霧状のものなどは、場数を踏んでいるシスですら直面したことはなかった。 これでは使い魔などひとたまりもない…まさに、昨日地龍の皇子が現れたときと同じ状況に追い込まれようとしている。 「お前は自分でどうにかできるな」 言いつつ魔法力を急速に高め始めたシスに、キリトはぎょっとして振り返った。 「どうするつもりですか?!」 「この霧、体力馬鹿にはきついだろう。ラウドの方を見てくる」 言うが早いか、力の放出により全身を捕らえていた嵐に強引に逆らい、シスは強行的にその場を離れた。 (『どうにかできるな』ったって‥‥…) キリトは頭を切り替え、この力に対抗する術を思考する。 最早結界内に捕り込まれるのは時間の問題で、シスが自分よりラウドの援護に回るということは、彼の言うところの〈体力馬鹿〉よりも〈力馬鹿〉の方が有利ということだろう。 シスを真似て魔法力を高め始めたキリトは、自身を包む最小限の結界を張り、次いで取り出したルーベル…リシュナの中和溶液を使い結界を強化する。 直後、完全に取り込まれた結界の中で、多少空気が薄いような感覚はあるものの、ひとまず致命的な何かが起こることはなかった。 既に結界の脱出口は確認できず、しかし嵐のような風は嘘のように幻想的な霧が視界を包んでいる。 それにしても、だ。 (‥‥…あまり長くは、危険だな) シスに指摘されたように、昨日受けたダメージは相当根強くキリトの身体を支配していた。 いくら魔力の高さが自慢といっても、己とは間逆の質を持つ結界の中で、自らの結界を維持するにはかなりの力を労する。 打開策を練っていたキリトは、ややして感じ取った圧迫感をもたらす気配に、咄嗟に地を蹴りその場を離れた。 直後響いた轟音に、苦笑いを浮かべながら振り返る。 そうして視界に入ったのは、自分など丸飲みしてくれそうなほど巨大な…岩の身体を持った大蛇だった。 「………残念ながら、シスから頂いた忠告は意味を成さなかったようですね」 流石に厭な汗を背に感じながらキリトは呟くと、今度こそ的を絞り襲いくる敵に愛用のロットを構え直した。 |
|
<< back | next >> |
<< top | novel >> |