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「‥‥うん、透夜から聞いてる。こっちは大丈夫だよ」 もう随分と夜も更けた時間帯に掛かってきた電話は、予想通りの相手だった。 「それより、今日部活中に倒れたんでしょ。お兄ちゃんこそ大丈夫なの?」 『俺は平気。伊達に部活で鍛えてないって』 「なら、いいけど・・・」 迷いなく即答され、裕乃は少し不満に思いながらもそう返した。 元々、自分に弱音めいた話を口にする兄ではない。つっこんで聞いたところで、まともに回答が返ってくるかも怪しいのだ。 「じゃあ、明日は朝帰ってくるんだね。また出かけるの?」 『あぁ、着替えに帰るだけだから…ごめんな』 家に一人残した妹を気遣うように言葉を掛け、結局は大した話をすることもなく電話は切られた。 手にしていた受話器を元に戻すと、その場で小さく溜め息を吐く。 「で、結局帰ってこないって?」 半分呆れたような口調で声が掛かり、裕乃は苦笑しながら振り返った。 「うん。なんか、あまり話続けられる雰囲気でもなかったし…」 「ちっ、こんなことなら帰宅日秘密にするんじゃなかったわ」 久しぶりの実家のソファーに深々と座り直して、早苗は楽しみの半分がなくなったことの苛つきを誤魔化すように長い髪を掻き上げた。 「このところ、なんだかお兄ちゃんピリピリしてて…体調も悪かったみたいだし。大丈夫かなぁ」 早苗の隣に座り心配そうに呟く裕乃に、早苗は吹っ切るように明るく笑い飛ばした。 「本人が大丈夫って言ってるんだから、気にするだけ無駄よ。こーんな可愛い妹に心配掛けるなんて、あの馬鹿は兄貴失格だわね」 周囲の人間に心配を掛けるのは聖の十八番である。 身体的強さから言えば人並みを遙かに越えているであろう聖が、体調が芳しくないと言われれば早苗だって勿論心配には思うけれど、昔に比べ自分にあまり頼ろうとしないのは、思春期の男子であれば仕方ないかとも悟ってしまう。 なんにせよ、聖には身内よりも最強の幼なじみがついているのだから、彼らに任せた方が間違いない。 「んじゃ、不良な弟はおいといて、お土産は二人で食べちゃおう!」 「やった!」 (………しかしホントに何やってんのかしらね) 元々目つきと人付き合いが悪い上、早苗が綺麗で羨ましいから髪を切るなと強引に押し切ったお陰で、いやに人目を引く外見にできあがってしまったのだ。 加えて正反対とも言える質でありながら、こちらも存分に目立つ容姿の透夜が隣にいるのだから、手の施しようがない。 聖に超能力は使用しないと固く約束してはいるが、透夜の話によればどうやらそれも完全には守っていないらしいし。 (変なことに巻き込まれたりしてなきゃいいけど) 弟の身を案じつつ、お茶を用意しにいった裕乃の手伝いをすべく早苗も台所へと向かった。 大袈裟なほど厳重に巻かれていく包帯に、ロイは苦笑するしかなくて。 「…‥‥怒って、いらっしゃるのですか?」 治癒魔法を使わず薬草と包帯で手当をしていくサーラに、ロイは遠慮がちにそう問い掛けた。 「当然のことをいちいち聞かないで下さいませ」 「・・・・・すみません」 視線を上げることもなく冷たく返され、ロイは苦笑しつつ頭を下げた。 「皆を大切に思われているロイ様のお気持ちは分かりますけれど、ご自身のお身体にももう少し気を遣って頂きませんと、わたくしの精神衛生上悪影響であることを忘れずに頂きたいですわ」 「すみません」 敵を深追いした仲間を追って単身森へ入ってしまったロイが、無事仲間を連れ帰った代わりに腕に軽い傷を負っていた。 皆が無事を喜ぶ中、サーラはただ無言のまま、治療道具のそろったこの部屋へとロイを引きずるように連れてきたのである。 一見おっとりとした印象を受ける彼女が、実は芯が強く我も強いらしいことに気づいたのは、知り合ってからしばらく経ってのことだった。 それから何年も経過している今は、すっかりそのイメージで定着しているのだが。 「まったく、こうも毎回ロイ様に怪我をさせたとあっては、わたくしシヴァ様に合わせる顔がございませんわ」 深い溜め息と共に呟かれた言葉に、ロイは堪えきれずにクスクスと笑いだした。 「………何を笑っていらっしゃるのです?」 「いや、失礼。姫とシヴァが随分似て見えたものですから」 不服げに返ったサーラの視線に、ロイは言って小さく笑って返す。 サーラと居ると随分とリラックスした気持ちになれるのは、もしかしたらそのせいかもしれない。 「シヴァ様のもさぞ気苦労が絶えないことでしょう。お城を抜け出た途端、ロイ様は国王様としてのご自覚がまるでございませんもの」 通常であれば城に軟禁状態ともいえる国王としての立場は、他の皇子同様戦線に出ることなど到底叶わないはずなのだが、ロイは聖龍王の立場を楯に長老や大臣たちを黙らせて仲間の元へ合流していた。 側近であるはずのシヴァも、城が心配だからという理由と王族と皇子では立場が違うというよく分からないこじつけで城に残している。 ロイの性格も強さもよく理解しているシヴァだからこそ、そんなロイの我が儘に渋々でも言うことを聞いてくれるのだ。 「シヴァには本当に感謝しています。それに、これでも自分の立場に対する自覚は十分あるつもりですから」 最後は苦笑混じりにそう言って、ロイはもう一度サーラへすみませんでしたと頭を下げた。 素直に謝罪するロイの態度にサーラは言葉に詰まると、今度は別の意味合いで溜め息を吐いた。 「…………ロイ様は狡いです。そんな風に謝られたら、もう何も言えないじゃないですか」 本当は、ロイが自分の立場を軽んじることなどないことも、シヴァを本当に信頼し大切にしていることも、知っている。 ただ、他者を圧倒するほどの強さと賢さを持つロイが、皆が追いつけないほどの早さで先頭を独り駆けていってしまうことが心配で。 誰の助けも必要とせずに戦い、ただ独り自らだけを犠牲にしてしまいそうで。 手当の終えたロイの腕を、包帯を辿るように優しく撫でると、サーラは視線を落としたまま呟いた。 「この傷に治癒魔法は使いません。ロイ様が持つ本来の自然治癒力に任せて下さい」 「‥‥‥分かりました」 サーラの気持ちを汲み取り、ロイは静かにそれを受け入れた。 「どれだけロイ様に皆を護る力があったとしても、どれだけ…独りで戦い抜く力があったとしても、貴方自身は他の誰とも変わらない…一個人であることを、忘れないで下さいね」 本当は皆と何も変わらず、貴方自身も脆いものでできていることを。 忘れないように。 「ありがとうございます。よく、心に刻んでおきます」 なにやら部屋の外が騒がしい気配がしていたと思っていたら、そう長く待つこともなくドアをノックする音が響いた。 「すいません、クリフです」 声で十分相手が誰かを判断できたが、クリフは毎度律儀にそう名乗るのだ。 「どうぞ、開いてますよ」 シヴァがドアに歩み寄るよりも先にロイがそう口にすると、慌てた様子のクリフが部屋へと入ってきた。 「お忙しいところすいません。こちらにデューイが来なかったかと思いまして」 冷静さを欠いている…とまではいかないが、落ち着きの足りないクリフの気配に、書類の山に囲まれていたロイは視線を上げるとにっこりと笑ってみせる。 「今日は見てないけど…どうしたの?そんなに慌てて」 悪戯好きのデューイを真面目で世話焼きなクリフが探し回る光景はよくあることで、今日はいったい何をやらかしたのかと興味津々に聞いてくるロイに、クリフは深々と溜め息を吐いた。 「大老議会に使われる大会議室の装飾品である壺に、大量の蛙が入れられていたらしいです。議会が始まった後で部屋中に逃げ出して大騒ぎですよ。この城内でそんな無茶をしでかす相手なんてデューしか考えられません」 うんざりと溜め息を吐くクリフに、シヴァは同情しつつ想像した情景に頬を引き吊らせる。 「先日中庭にある池の水を赤くして騒がせたのも彼ですよね」 シヴァが呆れた口調で言うのを、クリフは自分のことのように申し訳なく思いながら、しかし「それはまだ可愛い方です」と愚痴るように呟いた。 「先月なんて〈占術の間〉に置かれている大事な雪水晶の占石に落書きするし、その前は教会の威厳ある竜神像の首に赤とピンクのリボンで可愛らしくラッピングするし・・‥」 クリフが上げ連ねるデューイの悪事の数々に、本来は取り締まるべき立場のロイが堪えきれずにクスクスと笑い出し、クリフとシヴァの二人から向けられた冷たい視線に慌てて咳払いで誤魔化す。 「………ロイ様、貴方は城主でありこの国の顔とも言うべき国王なのですよ?民の見本となるべき貴方がそのような態度では」 「ごめんなさい、すいません。肝に命じておきます」 小言を遮るようにロイにまくし立てられ、シヴァは渋々口を閉じた。 「でも、デューのイタズラはなんていうか‥心が和むよね。本当に悪いことはしないし」 にっこりと笑って言うロイに、二人は同時に溜め息を吐く。 「確かに…私は彼と近しい年頃で、もっと質の悪い方を存じておりますが」 言いながらわざとらしく視線をよこすシヴァに、しかしロイがそれくらいで気に掛けるはずもなく、「困った人が居るものだね」などと笑顔で返すだけだ。 「とにかく、デューイを見かけたら教えて下さい。今日こそ本気で反省させないと」 デューイに対してなにかと世話を焼いているクリフは、今日こそ相当に決意が堅いらしい口調で告げた。 「・・・ほどほどにねぇ」 ロイは内心デューイに同情しつつ、部屋を出ていくクリフの背を見送った。 「お待ち下さいクリフ殿」 ドアノブへと手を伸ばしたところで、シヴァになにやら呼び止められる。 不思議そうに振り返るクリフをよそに、シヴァはロイへと疑うように視線を向けた。 「‥‥・・・私に、何か?」 あからさまな視線を向けられ困ったように笑うロイに、シヴァは無言のまま歩み寄った。 ロイの目の前で深々と溜め息を吐いたシヴァは、意を決したように顔を上げる。 「ロイ様、失礼します」 言って普段は立ち入らないロイの机の内側へと向かうと、ロイが座っている椅子をロイごと後ろへ引いた。 「うわっ」 驚きと不安定さに声を上げたロイの机の下に、ロイの足を避けるようにして座っていたデューイの姿が露わになる。 「デューイ殿」 いつの間に入り込んだのかと軽く頭痛を覚え、脱力感を隠すこともなくシヴァは呆れた口調で呼んだ。 「あ、あはははは」 デューイは誤魔化すように笑うと、机の下から出てくる。 「デューイ!」 怒りよりも驚きが先にたったらしいクリフに、デューイは「やっほー」などと笑い掛け、素直にクリフの元へと歩み寄った。 「すまない、見つかってしまったね」 「後もうちょっとだったんだけどね〜。でも、ありがとね、ロイ」 苦笑するロイに、デューイは人懐っこく笑い返した。 「……‥‥‥ロイ、貴方まで」 クリフは疲れきった表情で呟くが、既に怒る気力は残っていないらしい。 しかし、それは代わりにロイの後ろに立つこの人に乗り憑ったらしい。 「…‥‥ロイ様…これはどういうことですか?」 背後から肩を捕まれ、流石に笑顔の固まったロイは、どうしたものかと思考を巡らす。 「さっきほらっ、シヴァに書類の提出を頼んだときにね、ちょうどデューが遊びにきて」 「そのような話は聞いておりません」 完全に目の座っているシヴァに、ロイはしゅんと肩を落とした。 「すいません」 「ちょっと待ってよシヴァ!ロイは何も悪くないって、オレが無理に頼んだんだし」 シヴァの態度にデューイが慌ててロイを擁護するのを、シヴァは困ったように溜め息を吐く。 「いいんだよデュー、シヴァは私のことを考えてくれているのだし」 「けどっ」 苦笑しつつデューイを止めるロイに、デューイは心配そうにロイへ視線を返した。 「大丈夫、シヴァが怒るのは愛情表現だもの。ね?シヴァ」 完璧な笑顔でシヴァへと向き直るロイに、シヴァは今更ながらに彼の図太くて厄介な性格に苦笑せざるを得ない。 「……………貴方に反省を期待した私が愚かでした」 大袈裟に言うシヴァにロイは笑って、精進しますとだけ言葉を返した。 |
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