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ロイを背に庇うように立ち、勢は炎を操り室内を瞬時に業火の渦に包み込む。
末端の兵共はひとたまりもなく断末魔を残し炎に焼かれ、実力ある側近達ですら炎から身を守ることで精一杯のところを、いつの間にか間合いを詰められていた勢の剣によって切り捨てられていく。
「どうなっているんだっ?!」
エイレンに庇われ一命を取り留めたクスカは、全く予期していなかった事の展開に無様に慌てふためくだけで。
すぐに冷静さを取り戻したエイレンが水属性の高等魔法を使い炎を沈めたときには、室内に配備していた兵は三割程度にまで減っていた。
開けた視界に、それでも抵抗もそこそこに倒される部下達に、改めて敵の正体を確認したエイレンは、今度こそ我が目を疑う。
ロイが操るドラゴンとは明らかに違う…赤い髪、鋭い眼孔。城とは別の場所で、見覚えがある相手。
「あれは炎の神殿のドラゴンっ?!」
「その通りです」
エイレンの驚愕に響いた言葉に間を置かず返ったロイの声に、その場に居た者達の視線が注がれる。
「それが種を統べる聖龍神の皇子の力。人型を取るドラゴンを操る他の皇子をふくめ、魂の対となる唯一のドラゴンを操るあなた方とは決定的に違う」
皇子の力を使えばそれだけ宮の復活が遅れることを懸念したが、この状況では選択の余地なしとロイは判断した。
「しかし、お前の魔法力は封じていたはずだ」
会話の間も勢によって倒されていく部下達に、為す術なく立ち尽くす。
「神殿を守る龍の召喚に、本来魔法力は必要ありません。流石に結界の中に閉じ込められている状況では難しいかと思われましたが、散々痛めつけられたおかげです。大量に出血したおかげで気配が勢に届いたようです。………皮肉な話ですよねぇ」
淡々と話すロイをよそに、襲いかかってきた勢の剣を手にしたロットと強力な結界を合わせるようにして防御し、しかし勢の操る炎に結界はたやすく破壊された。
「クッ」
「何をやっておるのだエイレン!」
ヒステリックな声を上げるクスカに応える余裕もなく、エイレンは勢の剣を何とかかわすことがやっとで。
国王の第一王子であるロイは、生まれると同時に世界中の占者たちによって龍族の間で語り継がれてきた伝説の皇子として予言された。
長い戦乱の時代にようやく終止符が打たれると誰もが期待する中、ロイの魔法使いとしての素質が分かるとその期待はすぐに落胆に変わる。
魔法戦争とも言われるこの時代には致命的で、世代ごとに行われる訓練試合などでも上位に食い込むほどの成績ではなかった。
クスカのようにロイのことを陰で毒づく者は少なくない。
本来ロイが抵抗することすら予測しておらず、それでも万が一を考え聖龍が眠りにつくこの機会に時期を合わせたというのに、戦場で何度も名声を上げているエイレンほどの男が手も足も出ないなどと、クスカには信じられなかった。
「さっさと片づけぬかっ、相手はあの愚鈍の皇子ぞ!!」
恐怖を怒りで覆い隠すように声を張り上げたクスカの言葉に、それまでエイレンを的にしていた勢がエイレンを飛び越えるように跳躍すると、まっすぐにクスカへと剣を振り降ろした。
「ひぃっ!!」
情けない声を上げながらも身体に染み着いた剣術がかろうじて反応し、自らの剣で勢のそれを受け止めた。
「王を侮辱することは許さない。召喚した主の力に龍の戦闘能力は大きく左右される、貴様も同族ならそれくらい知っていよう」
間近で凄む勢に竦み上がり、言葉の意味にクスカとエイレンの視線がロイへと注がれる。
「………無駄話は必要ないよ、勢。それにお前は時間を掛け過ぎだ」
冷めた視線を上げることもせず、ロイは手近に転がっていた剣を拾い上げた。
「申し訳ありません」
「まあ仕方ないか。トーヤについているお前を私が喚ぶことは少ないし」
ロイは言いながら手にした剣の刃を確かめたが、勢の剣を受けたそれは既に刃先が潰れ使い物になりそうにない。
「‥‥・ま・まさか・・・城では、戦闘力の高さも隠していたというのか」
ロイの元へと戻り自分が使っていた剣を献上する勢に、ロイは当然のようにそれを受け取ると、先ほど拾った方は再び床へと放った。
「あんな大勢が出入りするような場所で手の内を晒すと思いますか?なにせ龍族には、あなた方のような野心家が多いようですし」
エイレンの言葉に凍てついた笑みを浮かべるロイは、さっきまであれほど弱っていたとは到底考えられないくらいで、気配だけで二人を圧倒していた。
「はっ、ハッタリだ!私はお前がガキの頃から知っているぞ、伝説の救世主どころかそこらで遊んでいる子供と比べても劣っていたお前を皆嘆いていた」
必死に自分たちの考えを信じようと口を開くクスカに、ロイは無感動な瞳を向ける。
「貴方の言う通り、私には魔法の才がなかったのは事実です。でも教わりました、今の龍族に伝わる方法とは別の方法を」
「‥‥………別の方法?」
他の種族といえ、違う種の魔法というのは聞いたことがなく、エイレンは眉根を寄せた。そもそも、滅多に城の外へ出ることのないロイが、どこの誰にそんなことを教わる時間があったというのか…。
「一体誰に、そんな‥・・」
そこまで言って、クスカは数年前に流れた噂を思い出し、それはありえないと思いながらも驚愕した瞳でロイを見つめ返した。
噂が流れたのは、今から三年近く前。王妃が第二子を授かったことが発覚した、少し後の話だ。
「誰に、教わった?」
クスカの態度の異変に驚くエイレンと、口元に薄い笑みを浮かべるロイ。
「まさかっ、まさかお前本当にあのレイスと?!」
「っっ!!」
クスカの口から出た名にエイレンは驚き、同時にロイが唱え始めた滅多に聞くことのない呪文に凍りついた。
「・・・こ、れは・‥古代魔法?!」
呟いたエイレンがとっさに張った結界に、ロイの呪文はまるで異なる次元に存在するかのように二人の足下に魔方陣を描いていく。
王妃懐妊の知らせが届いた、丁度時を同じくして、ロイは〈何か〉の罰に国王から自室謹慎を命じられていた時期がある。
百年近く城のどこかに幽閉されていた魔王ルアウォールの第一子・レイス王子が牢を破りロイを人質に逃げ出したのは、そのおよそ一月後。夜明け頃には国境近くの町でロイは無事保護されているのだが、そもそも幽閉されていた彼が聖龍の皇子の存在を知るはずはなく、加えて残虐的で知られるレイスに連れ去られたにしては、ロイの無事はかえって不自然で。
一部の者たちがロイの謹慎の理由がレイスと関係があるのではないかと風潮したが、その頃既に城の誰もがロイのことを魔法の素質など気にならないほどに素直で賢い出来た王子と認めており、信憑性のない噂はすぐに絶ち消えていた。
それはクスカも同じで、ロイを育ちの良い子供程度にしか認識していなかったが、今目の前のロイが唱える呪文は聞き覚えのある…解読不可能ではあるが魔族の中でも有能な一部の者だけが使っているそれに酷似している。
「シィー・ラ・セイン」
結界ごとロイの力に圧迫され、エイレンは結界の力を強めるために詠唱するが、その声に重なるように凛としたロイの呪文が響く。
「我の声に応えし者、その力を差し出せ。願いは障壁の破壊と制裁」
互いの力が競り合ったのは一瞬、ロイの力が光の矢となり徐々にエイレンの結界を貫いていく中、エイレンは新たに別の魔法へと意識を集中させた。
「我と契約しドラゴンよ、眠りより目覚め我が呼び声に応えよ。召喚」
足下に広がっていたロイの魔方陣を蒼い光の弦が浸食し、エイレンの結界が粉々に割れるのとほぼ同時に、陣を成していた光の糸がバラバラに散る。
同時に現れた赤銅色の鱗をしたドラゴンが、ロイへと襲い掛かる。
しかし、それにはロイが動くこともなく、ドラゴンの姿に戻った勢が一瞬にして仕留め、その光景を照らすように頭上から目映い光が降り注ぐ。
驚きに瞳を見開いたエイレンが視線を上げる間もなく、無数の光の矢が彼の身体へと降り注いだ。
「エイレン!?」
ほんの僅か後ろに居たクスカは、目の前でエイレンが八つ裂きにされる様を信じられない思いで見つめていた。
ロイさえ手に入れれば、国はおろか全ての望みが叶うと思っていた。時を計り執拗なまでに綿密な計画を立て、彼を連れ出すことに成功した時、それは叶ったと思った。あれから幾時も経っていない今、それが悪夢に変わっている。
残酷に降り続いた光がようやく収まると、既にただの屍にしか過ぎない身体が、他の部下たちと同じように無惨に床へと転がった。
「残るは貴方だけです、クスカ殿」
冷ややかに響くロイの声に、クスカは化け物を見るような表情で顔を上げ、後ずさり背に着いた壁に縋るようにする。
「ゆっ、許してくれっっ!大人しく投降するっ、国王の裁きを受けるっ、だからっっ」
目を瞑り悲鳴のような声を上げて無様に命乞いをするクスカに、ロイは無言のまま近づいていく。
「こっ殺さないでくれっ!お前は救世主ではないかっ、我ら龍族を平和へと導くのだろう!!」
言葉にロイが足を止めると、クスカは縋るように必死に続けた。
「罪を償う機会を与えてくれぬか!?」
クスカが必死にそう叫び、しばし訪れた沈黙の後、単調なまでのロイの声が返る。
「さっきも言いましたけど。何故そのような絵空事を貴方は信じておられる?」
静かな問いかけに、驚いたようにクスカは瞳を開けた。
「伝説とは、確かこうでしたね。『光と闇の均衡が崩れし時、我らが主の遣いが現れ、その混沌をぬぐい去る』」
龍族に古くから語り継がれるおとぎ話の一節。
龍族の主とは崇められている聖龍神、遣いは皇子を指す。
「どこにもそれが救世主であるとは示していない」
「っっ?!」
語り継がれてきた言葉の解釈を、どうして皆都合良くしか取らないのか。
「こんな曖昧な言い伝えなど、いくらでも解釈を変えられる。例えば『戦を繰り返す民を嘆いた主が、その全てを抹消するために遣いをたてる』とか」
「・・・ば、バカな」
淡々と話すロイの言葉に、クスカは驚愕した顔を上げた。
「ただの例え話です。ですが、一つだけ確かなこともあります」
それまで表情の読みとれなかったロイが、今まで見たことのないほど憎悪に満ちた瞳でクスカを睨みつける。
「勝手に祭り上げ落胆し、果ては自分の都合のために利用しようとする…私は同族という情を盾に取る龍族が最も嫌いな種族です!」
声を荒げ滅多に晒すことのない激情を吐露すると、ロイは手にしていた剣でクスカへと切り掛かった。
「わあぁぁぁっっっ」
滅茶苦茶に振り回されるクスカの剣をロイは一撃でへし折り、狙い誤ることなくそのまま心臓を貫いた。
クスカの身体はビクリと痙攣し、口元から一筋の血を流すと、そのまま動かなくなる。
静まり返った部屋にはロイの乱れた呼吸音だけが僅かに響き、剣を突き刺した体勢のまま動かないロイに、それまで見守っていた勢は彼へと駆け寄った。
「王、大丈夫ですか?」
ロイの肩を抱き寄せるようにしながらクスカの遺体から引き剥がし、剣を引き抜くと遺体を蹴り倒す。
ぐったりと身体を預けてくるロイから反応はなく、勢は血を拭いた剣を鞘に収めると両腕でロイを抱き上げた。
「‥‥‥‥‥降ろして、くれ」
抵抗はなくぐったりとした状態のままで、それでもロイははっきりと意志を示す。
「このまま脱出します」
「駄目、だ‥・無理・・・もうあまり、お前を支えていられそうにない」
通常ドラゴンの召喚は魔法力を使ってその地に繋ぎとめるが、今回のように特殊な…己の血を使っての召喚は、ロイ自信が勢の存在を支えるだけの精神力を必要とされる。
限界を当に超えた体力に、今は気を失わないようにするだけで手一杯だった。
勢はせめて座らせようとしたが、ロイがそれも拒んだため、仕方なく壁に寄り掛からせるようにしながら降ろす。
「トーヤに知らせておきましたから、助けを呼びに行ってるはずです」
勢は心配そうにロイの顔を覗き込みながら、小刻みに震えるロイの身体を自分が身に纏っていた防寒具で包んだ。
「・・・・・皇子であることを名乗っていないトーヤが、城の者を呼びに行くのは難しいな」
額に触れてくる手のひらの低温の心地よさに身を預けながら、ロイは今更ながら城へ戻る術がないように思えて。
「トーヤはあれで案外頭の回転悪くないですから、その点は心配いりません」
自身の頭に巻いていた布を取ると、勢は意識を集中させて布が湿る程度の聖水を喚びだし、ロイの額へあてがった。
「・・・‥‥水系の呪文苦手じゃなかったっけ」
「ええ、逆属性ですから。これくらいの少量ならなんとか」
勢は腰に下げていた己の剣を鞘ごと外すと、武器の類を何も身につけていなかったロイへと装備させる。
「‥‥‥私が本当に、世界を滅ぼそうとしたらどうする?」
「王のお好きにどうぞ。それが貴方の望みであれば、オレはついていきます」
当然のように返った答えに、ロイはつまらなそうに視線を降ろした。
「そんな面倒なこと、するつもりもないけど」
残る魔法力を極限までロイへと分け与える勢に、僅かではあるが苦しさが和らぐ。
「・・・・ありがとう、助かる」
勢から与えられた剣を抜くと、心配そうにロイを支えていた勢の腕を外させ、身体を支えるように床へと突き立てる。
「王、すぐに迎えに参ります!」
ロイの〈支え〉が限界であることを悟り、勢は次元の狭間に飲み込まれそうになりながら賢明に声を張り上げた。
「期待してる」
小さく笑ってそう言った自分の声が、勢に届いたかどうかは確認できずに。
静まり返った部屋で、ただ意識を手放さないことだけに集中した。
宮が眠りについたのが一週間ほど前、高熱に起きていられなくなったのが三日前からであり、まだもうしばらく熱が引きそうにないことにうんざりする。
(どうにか克服しないと)
不定期に眠りにつく宮に毎回引きずられるようでは、次はこの程度の被害では済まなくなるかもしれないことを懸念して。
視線を上げれば、狭くはない部屋に三十人近い死体が転がっていて、自分一人が生きていることが不気味に思えた。
なにより、これだけ多人数の命を奪ったにも関わらず、全くと言っていいほど心が痛まない自分自身が恐ろしくて。
「……………心配しなくても、この世で一番嫌いなのはこの私だ」
自嘲と共に漏れた本音に、そんな自分に命を奪われた目の前の者達に、今更ながら胸が痛い。
神の駒になどなる気は更々なくて、けれどこの地位を捨てるほどの勇気もない。
きっと楽になれる気がしても、ただの個体としての存在理由は見いだせない自分は、きっとそれにも耐えきれないのだ。
─────お前は無駄に頭を使いすぎだ。
記憶の中で静かに告げる彼の人に、ロイは肩の力がほんの少しだけ抜けるのを感じた。
─────自分の生き方など、誰に縛られるでもなく決めればいい。
慰めるというよりは、呆れた口調で。
毎日のように会っていたあの頃が、もうずっと昔のように思える。
何でもないことのように、酷く呆気なくロイの心を解放してくれる人だった。
「・・・・・会いたい、な」
こんな時は特に。
(レイスに会いたい)



◆◆◆◆◆



「レイスなら死んだぜ、ロイ」

 
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