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◇◇◇◇◇



目指していた場所から強力な魔法力を感じたのは、十分ほど前だっただろうか…それが聖の力であることは分かっていた。
公園の側まで着たとき、強力な結界の内を探ることは困難だったため、貴志は先ほど漏れ出た力の場所を頼りに強行的に殴り込むことにしたのだ。
降り立った辺りは木々が薙ぎ倒され、地面もろとも抉れたような箇所さえある。
近くには気を失った状態の綾奈の姿、そのすぐ側に倒れる魔族の女、少し離れた場所に俯せに組み敷かれた聖と彼を押さえつける魔族の男、同じくもう一人が側の木に背を預けていた。
皆戦闘に負傷している…ただ一人、綾奈を除いて。
頭上では、先ほど強引にこじ開けた結界の穴が修復され、再び園内は外界から隔離された空間となっていた。
貴志は二人の男から注がれる視線を気にすることなく、まっすぐに綾奈の元へと向かうと彼女を抱き上げた。
聖の力が奪われていることには気付いていたが、聖との約束通り彼女は守らねばならない。
綾奈の手首に巻かれた包帯は、自分が聖の守護用に託したそれで、貴志は聖の性格を思い起こすと諦めたように溜め息を吐く。
そうして聖の元へと足を向けると、行く手を遮るように新たな相手が数人現れた。
「聖龍王は頂くよ。ようやく奴らがしとめたのだ」
どう見ても無傷の男達は、どうやら今までは傍観していたらしい。
男の言葉に貴志は冷めた視線を返し、それから確かめるように聖へと視線を向け、再び深い溜め息を吐いた。
「厄介ごとを起こさないよう頼んだはずですけど………綾奈さんは約束通り俺が預かりました。貴方はどうするんです‥散々忠告を無視しておいて、やっぱり俺に助けられますか?」
周囲の敵をまるで無視して聖へと話し掛ける貴志に、聖を押さえていたラウドがまさかと聖へと視線を戻し、直後聖の首にはめられていたリングが粉々に砕け散るのと、肩に突き刺さったままだったナイフが聖を拘束するラウドの腕へと意志を持って向かうのはほぼ同時に起こる。
「・・グ、ッ・・・・」
拘束が弛んだ途端に魔法力とは別の力が衝撃波のようにラウドを襲い、聖から引き離すように十数メートル先の木の幹にまで弾き飛ばされた。
「‥‥‥この状況を前に、随分冷たくねえ?」
ぼやきながらゆっくりと立ち上がる聖に、貴志は安堵する。
「自業自得です。少しは反省して下さい」
聖の力を信じたい思いはあったが、実際意識があるのかも判断しかねていたのが本音だ。
「説教なら、あとで聞くよ」
小さく笑う聖の顔色は、すっかり血の気が感じられない。
昼間に一度倒れたとも聞いているし、恐らく立っているだけでも辛いのだろう。
とにかく肩の傷だけでも治さなければと思うが、すっかり眼中から外れていた敵達が聖に近づくことを妨げるように貴志を取り囲む。
「・・・邪魔なんですけど」
あまり気に止めた風もなく、ただ面倒事を払う程度の口調で言った貴志に、正面に立った男は忌々しげに睨み返した。
「それはこちらの台詞だ。これ以上お前に邪魔をさせるわけにはいかない。ここでお前を倒せば封じられた扉も再び開かれるしな」
男の言葉にも、貴志は動じる様子は全くない。
「力もろくに使えない絶不調の聖さんと同じと考えられても困りますけど…俺はこの人みたいに優しくないんで、命が惜しかったらさっさと退散した方がいいですよ」
むしろ彼の完璧なまでの余裕に、多勢なはずの敵の方が怯むが、さすがに道を譲るような輩はなく、貴志は小さく息を吐くと腕に抱いていた綾奈の身体を守護魔法で守りながら頭上へと退避させた。
自由になった手には貴賓ある細工の施されたロットが現れる。
ロットをその手に掴んだ次の瞬間、貴志の瞳に戦場を思わせる鋭い光が宿り、間髪入れずに地に突き降ろされたロットに、操られるように地面から巻き起こった嵐が彼を取り囲む魔族等を襲った。
粉塵が視界を奪い、瞬時に作られた魔方陣が貴志の力を増幅させて、取り込んだ者達を地へと縛る光の鎖と化す。
敵陣の…しかも結界の中に閉じこめられているとは到底思えない強大な力に、すぐに滅されたのは使い魔と呼ばれる疑似生命体。続き鎌鼬のような鋭い気体に、身を守る残された者達も体勢から動けずに。
直ぐ様正面に立ちはだかる男へ貴志は力を貯めたロットで切りかかり、その威力は研ぎすまされた刃の如く獲物を切り刻む。
使い魔に続き瞬時に三人の男が肉片と化し、聖の元へと駆け寄る貴志の行く手に、ラウドが立ちはだかる。その背後では再びシスが聖へと襲い掛かっているのが見て取れ、貴志はロッドの握りを変えただけで構わずラウドへと直進する。
振り下ろされたラウドの剣に、それを受け止めたロッドは意外なほど簡単に押し戻され、貴志はそれを軸に身体を回転させるようにして横へとすり抜けると、ラウドの剣を巻き込むようにロッドの先を地へと下ろした。
ロッドから放たれた魔法力が小型の魔方陣を描き出し、巻き起こった竜巻が剣を逆流して直接ラウドへと突き上がる。
「ぐっ‥ぁ‥・・・」
風の刃に皮膚を切り裂かれ、引力に取り上げられそうな剣を握る腕に力を込めるラウドに、一度距離をとった貴志が今度こそロッドで切り掛かると、しかし強引に剣を構え直したラウドに阻まれた。
ラウドの反撃に意外そうに目を瞠り、しかし未だ貴志の作った方陣に取り込まれたままの状態で、その場を動けないであろうことを確認すると、ラウドに構わず貴志は聖の元へと向かった。






幹を背に完全に捕らえた聖を、シスは額を押さえつけるように掴んで再び意識を縛るための力を注ぎ込んだ。
聖は今度こそ抵抗する力も残っていないようで、苦しげに歪んだ表情も次第に色褪せていく。
「聖さんっっ!?」
あれだけの大人数を振り切った貴志が、そのまま背後の敵と空間を隔てる光の壁を作り出すと、聖を助けるべくシスへとロットを振り降ろし、しかし残っている全魔法力を操っていたシスの力に弾かれてしまった。
構うことなく聖の意識を取り込んでいくシスに舌打ちすると、貴志は手にしたロットを両手で構え直し、増幅した魔法力を地へと叩きつけ、普段省略している呪文を唱えることで更なる力の増幅を促す。
「我と契約し地の精霊よ、眠りより目覚め我が呼び声に応えよ、契約の名はシィ・ロデューン!」
描いた魔方陣から貴志の力が地へと沈み、聖の足元から鏡写しにされた方陣が浮かび上がると、聖を守るように光を放った。
立っていた地面ごと貴志の力に押し上げられ、吹き飛ばされるようにしてようやくシスを聖から引き離すことに成功すると、聖はそのままずるりとしゃがみ込んだ。
「聖さんっ!!」
とっさに聖の周りに張り巡らせた結界内に綾奈も降ろし、直ぐ様集中的に受ける攻撃には地に突き立てたロットでどうにか結界を支えると、貴志はそれ以外の力を聖の肩の治療と意識を封じようとされた力の浄化へと当てる。
「しっかりして下さいっっ」
徐々に瞳に光を取り戻す聖へ、貴志は叱咤するよう声を荒げた。
鈍い反応しか返さない己を苦く思いながら、聖は俯き今一度視界を閉ざすと、意識を集中させる。
ここで気を失うわけにはいかない…それは確かに理解していて、しかし身体はいうことを聞きそうになかった。
「・・・‥悪い」
どうにか絞り出した聖の声に貴志は胸を撫で下ろす。
「あとちょっとだけ辛抱して下さい。立てますか?」
肩の出血は止まったものの、肉体的な疲労のせいか片手間程度の治癒魔法では完治する気配はない。
「綾奈連れて先行ってくれ」
貴志の手を借り、尚且つ幹に身体を預けながらどうにか立ち上がった聖の言葉に、貴志は一瞬驚いたように瞳を見開き、すぐに感情を押し殺すように笑みを浮かべた。
「お断りします。まさか歩けないとか言わないですよね?」
問いに答える代わりに苦笑を返す聖に、貴志は深々と溜め息を吐く。
「いいから先に行け。それと、悪いんだけどそのロット貸してくれない?」
まるで他人事のようにさらりと言ってのけた聖に、貴志は今度こそ絶句する。
この期に及んで一体何を考えているのか…それが分かってしまうだけに頭が痛い。
「いい加減にして下さいっ、貴方一人を置いていけるわけないでしょうっっ?!」
冷静で居ることすら馬鹿らしくなり声を荒げた貴志に、しかし聖はすっかりそのつもりらしい。
「言っただろ、独りなら何とでもなる」
ただ、綾奈の身を案じて動きが取れなかっただけで、その気になれば今すぐにでも此処から逃げ出すことはできるのだと、まっすぐな視線で告げてくる。
「貴志にばかり負担掛けて悪いと思ってる。二手に分かれれば、多分俺の方が彼奴ら引きつけておけるし、そしたら透夜たちが居ても敵まいてけるだろ?」
貴志が張った結界を囲うように迫る魔族の頭数が明らかに増えているのは、おそらくまだ別の者が使い魔を生成しているせいだろう。
二手に分かれればなどと言ってはいるが、彼らの標的が聖であることは明白で、寧ろ自分と綾奈が立ち去ったところで追いかけてくる者の方が少ないに決まっている。
こんな意識もふらふらな状態の聖を一人残していくなど、到底考えられない。
「承諾できかねます。歩けないと言うならやむを得ません、俺が綾奈さん共々連れていくしかないですよ」
まるで聞く耳を持たない貴志を、聖はこちらも相手の意志を無視するように彼の手にしていたロットを念動力をもって奪い取った。
「っ?!聖さんっっ!!」
ロットの主が代わったことにより、必然的に結界も聖が支えることになる。
「いくらなんでも、貴志一人でこれだけの敵を相手にするのは無理だよ。後で必ず連絡入れるから、二人で先に行って」
手にしたロットを頼りに聖は樹の幹から離れて自らの足で立つと、視線は貴志を外れ結界の外の敵へと向けられた。
「貴方だって一人でこの人数を相手にするのは無理でしょう!何のために俺がこんな場所まで足を運んだと思ってるんですかっ」
「伝説の聖龍王の力、信じられない?」
苦笑しながら…多少の嫌味も込めて言われ、ロイの力を思い出してしまった貴志は一瞬言葉に詰まる。
「けどっ、今の貴方の体調では」
「やめた。二人で先に退避し仲間と共に逃げ延びること、聖龍王として地龍の皇子に命令する」
突き放した口調で言った聖の言葉に瞳を見開いた貴志は、ロイの面影を彷彿させる余裕ある聖の笑みを見止めた直後、綾奈と二人でより強化された結界の力に弾き出され、敵の包囲網の外側まで飛ばされていた。
「聖さんっっ!?」
叫ぶ名は既に離れてしまった本人に届くことはなく、近くに居た敵の目を引き付ける結果となる。
先ほどまでの比ではない圧倒的な数の差に、再度の強行突破は断念せざるを得なくて、貴志は祈るように聖の身を案じながらも仕方なく先に進むことに頭を切り替えた。

 
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