<< top | novel >> |
<< back | next >> |
守護魔法が成功したことに安堵する余裕もなく、聖は激しい頭痛と目眩に襲われ、まともに立っていられなくなる。 血の気が下がるような感覚に酸素を欲して呼吸が乱れ、脳裏を駆け乱れる記憶の欠片から自己の意識を手放さないよう賢明に保って。 自分を縛るこの力と、魔法力を使う度に触発されるように飛び交う記憶…皮肉なことに戻る記憶のおかげで、その原因が少しずつ見えてくる。 「阿呆か俺は…」 なにがどういう理由かまでは思い出せないが、この感覚はおそらく力を意図的に封印されているらしい。 それでも多少なりとも力が使えるのは、おそらく封印自体が脆くなってきているのだろう。 そこまで考え、背後から迫った殺気に聖は慌ててその場を離れる。 直後、無数の光球がその場に叩き込まれ、聖の守護魔法に守られた綾奈の周辺を残して爆煙が上がった。 戦闘経験の皆無な自分が彼らと対等にやり合うのであれば、ロイの記憶を…感覚を頼るしかない。 それでも、我が侭を言って貴志の制止を聞かなかった自分が、ここで捕まるわけにはいかないと覚悟を決める。 プライドの高かったロイであったなら、これくらいのことでやすやすと敵に捕まることなど考えられない。ただ、感覚をたどったところで、今の自分が何処まで同等に振舞えるかは、別の話ではあるが。 「逃げてばかりいないで、少しはまともに相手して下さいよ」 不満げに言いながら再び現れた少年に、どうにか目眩の落ち着いてきた聖は身構えた。 (思い出せ) 祈るような思いで、感覚の一つ一つを確かめるように意識を集中する。 「今度こそ本気でお願いしますね」 満面の笑みを浮かべながら言って、少年は聖へ駆け寄りながら手にしたロットの先端にある宝飾へ力を集中させる。 「本気になって欲しいなら俺の体調が万全のときに出直してくれないかな」 「何を仰るんです。伝説の聖龍王なら少しは楽しませて下さいよ」 聖の言葉を一笑して作り出した光球を放出しながら迫る少年を、後ろへ飛んでかわすが、それとは別に左方から迫った別の気配に頬をひきつらせた。 (………そろそろくるとは思ってたけどさ) 飛んできた数本のナイフを綾奈を助けた時同様に念動力で弾き飛ばし、しかし瞬間移動の時よりも激しく消耗する体力に、この状態ではそうそう何度も使うわけにはいかないと舌打ちする。 現れたのは綾奈を操っていた青年で、先程と違い殺気に満ちている。 「てっきり自分生け捕りかと思ったんだけど…殺す気満々じゃんよ」 「ようは生きてりゃいい」 聖のぼやきにシスはさらりと返し、腰に下げていた剣を抜き出した。 「あーそうっ」 そう返しつつ、聖は弾き落としたナイフを蹴り上げ手にすると、振り降ろされた剣を避けつつナイフで受け止める。 「シス!邪魔ですっ」 言って再び少年のロットから光球が放たれ、聖とシスはそれぞれ別の方向へ飛んで避けた。 「力ばかりの戦闘馬鹿が」 鬱陶しげに毒づくも、シスはその場を少年…キリトへ譲る。 シスと入れ替わり迫るキリトの力は確かに巨大で、しかしコントロールがいいとは到底思えない。ただ、何度かわしてもすぐに新たに力を発揮するだけに、限がないのだ。 力に対抗するにはやはり力なのだが、今の聖はそう何度も魔法を使えない状態である。せめて自分もロットの類でも持っていれば、自ら何度も力を放つこともなくるのだが。 そう考えたところで、聖はキリトの手元へ視線を向けた。 ロットの強力さを伺ったところ、ただのロッドではなさそうだが、真言魔法を操ることが出来た自分に、それはさして問題ではないだろう。 たとえ特定の精霊と契約したそれであっても、精霊自身と対話できれば契約など無に等しい。 (やっぱあれか…) 思うと再び…今度は別の系統の真言を唱え始める。 あと何人攻めてくるのか分からない状態で、できれば一人ずつなどという持久戦は避けたいが、とりあえずはこの少年をどうにかしないことには先に進めそうもない。 核にするには頼りないが素手よりはましだろうと、真言に応える精霊の力を手にしたナイフへ極限まで集中さる。 足を止め振り返った聖にキリトは喜々と瞳を輝かせ、勝負を挑むように今までの比ではない巨大な光球を作り出すと、今度こそ狙いを定めて投げつけた。 「願いは力の反転、変換っ」 聖は手にしていたナイフを突き出し、同時に真言を締める言葉を発すると、光球へとナイフの先端が触れた箇所から火花のような力の衝突が起こり、そこから侵食するように数本のプラズマが徐々に広がり光球を包み込んでいく。 瞬く間の速さで逆流を始めた力に、キリトがむきになって再度力を送り込むと、ぶつかり合う力によって今までよりも更に激しい爆発が起こった。 キリトは舌打ちすると、砂煙に遮られた視界に聖の気配を辿る。 背後に現れたそれに、ある程度予測していたキリトは、構えていたロットで新たに作り出した光球を投げつけた。 しかしそれが命中したかと思われたと同時、別の角度から現れた光の弦に全身を束縛される。 「なっ?!」 地に突き刺すようにして固定されたナイフから伸びた弦は、捕らえたキリトの魔法力を奪い、背後に現れた聖は手の平に力を凝縮させた光球を振り翳す。 「恨むなよ」 唸る頭痛を堪えながら低く呟くと同時に、聖はキリトの項めがけてありったけの力を叩き込み、その力に連鎖するようにキリトの身体に巻きついた弦も数度の爆発を起こした。 勝負は一瞬。 地に崩れ落ちたキリトのロットを聖は奪い取り、しかし力を使ったことによって襲われた目眩と吐き気に、聖自身もがくりと跪いてそのまま蹲る。 割れるような頭の痛みと耳障りなほど荒く乱れる自らの呼吸に歯を食いしばり、必死に現実にしがみつく。 「随分辛そうじゃねぇか」 近づく新たな声に、とっさに瞬間移動を果たし綾奈の元へと戻ると、どうにか体勢を立て直し、ロットを支えに片膝を着いた状態で起き上がった。 「放っておいたところで、それだけの守護魔法ならしばらくは安全でしょうに」 聖が戻ってくるのを待ちわびていたように、少し高くなった箇所に設置されていたベンチへ腰掛けた女がからかうように笑い掛けた。 「それとも、そんなにその娘が大事なのかしら?」 しかし、当の聖は女の言葉に見向きもせず。 先ほどの場所から聖を追って現れた男…ラウドが、ネイとの間に割って入るように現れ、聖は立ち上がりラウドの剣をロットで受け止めて。 「無駄口たたいてる暇などない、だろ?」 男は聖と対面した状態でネイに皮肉めいた言葉で返した。 「つれないわね」 ラウドの剣を弾き返したところへネイから投げられたナイフが降り、聖は地を蹴りその場を離れる。 着地場所に待ちかまえていたシスに、瞬間移動で彼の背後に回り、振り降ろしたロットは剣の柄で受け止められる。 しかし、聖が手にしたロットの宝飾が急激に光を集めていく様に、シスは眉根を寄せロットを弾き返して後方へと逃れた。 (まさか…キリトのロットを使いこなしているというのか) あのロットはキリトが契約の名を刻んだもので、契約者以外が手にしても反応しないはずで。 しかしさっきは確かにロットは聖の力に応えて光ったように見えた。 自分に代わって再び剣で襲いかかるラウドと、二本の短剣に持ち替えたネイのそれをロットで弾きかわす聖を、シスは見定めるように見つめる。 原因は分からないが、既に随分と体力が落ちているらしい聖は、しかしそれで尚二人に屈することなく対峙している。その様はやはりただの一般人とは異なるというところか。 加えて見たこともないような移動魔法…魔力を使った形跡のないそれは、全く別の力なのかもしれない。 いっそ目覚めているのではと疑うところだが、こんな状態ですら聖龍を召喚しないところをみると、その考えは打ち消される。が、同時に彼が皇子として目覚めた時の脅威を想像させた。 それはつまり、今この機を逃せば取り返しのつかない状況に落ち入りはしないか。 「クソッ」 焦りにも似た感情で舌打ちすると、シスは再び剣を構え混戦を繰り広げる三人の元へと駆け出した。 それが完全に判断ミスであったことに気づいたのは、振り向いた聖の瞳と視線があった直後、口の端に不敵な笑みを載せる聖の表情に気付いたのは一瞬だった。 「ラスティ・ア・ヴァス!」 紡がれた呪文に契約者を選ぶはずのロットは確かに応え、その爆発的な力を解放した。 目映い光を伴う衝撃波は、キリトの作り出す光球とは比べものにならないほどの威力で、聖を取り囲むようにしていた三人を直撃し、爆音と共に辺りを光が白く飲み込む。 咄嗟にその身を庇うことができたかも定かではなく、地を抉るほどの力で三人共が吹き飛ばされ、更に続けて響いた爆音と閃光に女の絶叫にも似た声が重なった。 聖の放った力によって飛ばされたネイが綾奈を守る結界に叩きつけられ、二つの力がぶつかり合う衝撃に飲み込まれたのだ。 肩で呼吸を繰り返す聖は、それでもロットの力を操っただけのせいか、さっきのような頭痛や目眩は微々たる程度にとどまっていた。 ただ、当初から不調だった体力自体の限界が近いのも確か。 徐々に聖の放った魔法の余韻が薄れ、収まる光と土埃の代わりに夜の明かりと静寂が訪れる。 ようやく開けた視界に辺りに目を配るが、確認ができたのは聖の使った守護魔法に守られた綾奈の姿と、その側で気を失っているネイの姿のみ。 至近距離でのあの直撃で無事にで済んでいるとは思いたくないが、他の二人がまだ動けるというのは確からしい。 (何処だっ) しかし、聖が気配を探ろうとしたときには、既にシスに背後へと回り込まれた後で。 とっさに振り返ったところを頭部を鷲掴みにされ、脳にぶつけるように大量の力が入り込んでくる。 「ぐっ‥‥・ぁ・・・」 意識を喰い潰すような力の波に、抵抗を試みる理性とは裏腹に全身の力が抜けていき、ガクリと重心が下がりロットから手を離してしまった。 「シスっ、殺す気でやれ!」 「解かっている」 現れたラウドの言葉など端から聞く気もなく、シスは聖から受けた己の傷にかまうこともなく残る力の全てで聖の意識を支配しようと掛かる。 シスの手に視界を半分ほど奪われ朦朧とした意識の中、聖は足下へと視線をさまよわせ、たどり着いたロットの淡く光る力を確認して。 「・・‥精霊‥サウィル・・」 低く呟かれた聖の声にギクリと肩を揺らし、さらに強めようとした力に今度は反発するようにバチリとプラズマが発生する。 「我が声に応え力を差し出せ、望みは解放っ!」 叫びに反応し、地に転がっていたロットが粉々に砕け散ると、契約によって縛り付けられていた精霊が一瞬だけ姿を現し、すぐに光の固まりへと膨張して二人を包み込んだ。 浄化の力に意識を押し潰す圧迫感が消え、シスの気配が遠のくのを感じながら、しかしロットの封印を解放するために使った自らの力に、激しい頭痛に襲われて。 バランスを崩したところをラウドに背後から蹴りこまれ、そのまま押し倒すようにして身体を押さえつけられてしまう。 直後、右肩を激痛が襲う。 「あぁぁぁっっ!?」 右肩の間接を狙いナイフを突き立て、左手首は背中で捻るように押さえつけて聖の抵抗を封じると、ラウドは手にした装飾の深いリングを聖の首へとはめさせた。 鈍く光ったリングは聖の力を急速に取り込んでいく。 「‥ッ‥・・ぅ・、ぁ・・」 肩に受けた深手に、それでも抵抗を試みていた聖は、しかし力を奪われるに連れ次第におとなしくなる。 「・・・ったく、龍なんか召喚しなくても十分化け物並みじゃねえか」 聖を押さえ込んだ体勢でラウドは毒づくと、聖から受けた傷から流れる額の血を拭う。 あの時正面に居ただけに、ラウドの方こそダメージが大きい。 あれほどの力を見せた聖に、未だ抵抗の余地があるのだとすれば自分一人で押さえるのは困難だろうが、今のところその気配はない。 力で押さえつけることは可能として、意識を支配するような魔法は持っていないのだが、先ほどまでの聖の抵抗を考えればそれも必要なはずだ。 不本意だが他の誰かに頼むしかなく、今動けるものといえばそれも限られる。 「シスっ!早いとこ・・‥」 言葉は最後まで届くことなく、天を割るようなプラズマに掻き消され…。 外界から隔離する強力な結界を、力任せにこじ開けるようにして、守護魔法に守られた綾奈のほど近くに貴志が現れた。 |
|
<< back | next >> |
<< top | novel >> |