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◇◇◇◇◇



人の気配ができるだけ少ない方角を選んで瞬間移動を試みたものの、それ以前に今の体調で他人を連れての移動自体に無理があったらしい。
(きっつ‥……)
降り立った先が未だ公園の中だったことを苦く思いつつ、しかしすぐに連続しての瞬間移動をするほどの余裕はなく、聖は仕方なく綾奈を抱いたまま側にあった木へと背を預けた。
敵の結界の中にいる以上、それを破らない限り普通に公園の外に出ることはできない。力の質が魔法とは異なるらしい自分の超能力であれば、それが可能らしいことはアクシアルの結界で実証済みだったが、今しばらくはそれも難しい。
とにかく後もう少しすれば貴志が到着するはずだから…そう考えたところで、彼に頼りきっている自分に苦笑する。
ロイだったら絶対にしない。
人使いはとことん荒かったけれど、人に頼ることはない。
どんなに追い詰められた状態であっても、他の誰に心情を悟られることもなく、妥協を許さず必ず自分の手で乗り切っていたはずだ。
自分の立場を理解してからまだ間もないとはいえ、聖はこんなにも回りくどいやり方しかできない自分が歯痒かった。
「‥‥・ん・・」
と、腕の中で小さく呻く声に、聖は心配そうに顔を覗き込んだ。
「綾奈?」
うっすらと開いた瞳はふらふらと景色を彷徨い、やがて間近に迫った聖の姿を確認すると、綾奈は驚きに瞳を見開き同時に開かれた口に、聖は慌てて綾奈の口を手で塞ぐ。
「んんっっっ!!!」
「静に!!」
声のトーンを落としたまま短く告げる言葉に、緊迫感のある空気を感じ取り、綾奈は暴れだす鼓動をどうにか抑えようとする。
「驚かせてゴメン。訳あって今隠れてる、見つかるとまずいんだ。騒がないで」
まっすぐに見据えてくる聖に、理由は分からないがとにかく何か深刻な事態らしいことは感じ取り、綾奈はコクコクと頷くと、ようやく押さえられていた口を解放された。
気がついたら片思いの相手の腕に抱きすくめられている状態だったなんて、綾奈本人からすれば心臓が飛び出るほどのパニック状態ではあったのだが、聖のあまりの真剣さに、理由も明かせずに腕を解いてくれとも言い辛い。
激しく自己主張する鼓動はこの際放っておいて、辺りの様子を伺っている聖の横顔を覗き見る。
もう夜の時間帯であるらしいく、辺りはすっかり薄暗かったが、それでもふと・・・聖の顔色が悪いように思い、綾奈はそっと手を伸ばす。
「・・・なに?」
突如頬へと伸びてきた綾奈の手に、聖は少し驚いたように振り返った。
「まーた無理して。少し熱あるね」
自分ですら自覚のなかった体調の変化を直ぐ様見抜いてしまった綾奈の気遣いに感謝し、聖は小さく笑う。
「平気、さんきゅ。綾奈こそ、気分とか悪かったら・・・」
言いかけ、視界に入った首筋の傷に聖はズキリと胸が痛むのを感じる。
あの時…確かにあの位置では失敗する可能性が高く動けなかったのは致し方ないのだが、それでももう少し早く行動を起こせていたらと後悔せずにはいられない。
「・・・・・・・・ごめん」
「やだなっ、何で聖が謝るのさ。あたしは全然なんとも」
俯き苦しげに呟いた聖に、綾奈は慌てて笑いかけ、しかし不自然に止まった言葉に聖は息を飲むと、恐る恐る顔を上げる。
「綾奈?」
「あ、ゴメンっっ、なんでも・・・ッ・・」
取り繕うように笑う綾奈は、しかし苦痛を隠せずに表情を歪めた。
「どこか痛いのかっ?!」
よりによってこんな会話をしているときに痛み出すなど、聖へのあてつけのようで綾奈は己の体調の変化をを呪う。
「へへっ、バッドタイミングだね・・・」
「いいから見せてみろ、何処」
促されて申し訳なさそうに差し出されたのは、先ほどまでブレスレッドのはめられていた右腕…いつの間にか手首に刻印のような痣が現れている。
「・・・・・・・・なに、これ」
さっきまでは確かになかったはずの痣から、身体の内へと向けて強力な魔力を発していた。
「ちょっと貸せ・・」
痣から綾奈の身体を侵食していくような力の動きに、聖は慌てて手首を取ろうとし、しかし背後に感じた強力な気配に咄嗟に綾奈を抱き寄せ地を蹴る。
「ひゃっっ」
突然のことに驚き、綾奈はわけが分からず慌てて聖にしがみつくと、次の瞬間視界が光で真っ白になり、眩しさに目を閉じた。
聞き慣れない爆音と空気を伝う振動に、本能的に恐怖を感じる。
「かくれんぼは終わりですね」
掛けられた声に綾奈は恐る恐る目を開けると、先ほど立っていた辺りの木々が薙ぎ倒された光景が広がり、少し離れた箇所に少年が無邪気な笑みを浮かべて立っていた。
しかし自分達の周りは、淡い光が守るように輝いている。
「・・・聖?」
何となく、この光は彼の力かと思いそう問いかけるが、当の聖自信も不思議そうに瞳を開いている。
「いや、俺じゃない」
確かに自分達を守っている光に聖は力の源を辿り、行き着いた先は二の腕に巻かれた包帯。
「………なるほど。抜け目ないっつか」
独り納得したように呟く。昼間治療と称して貴志が巻いてくれたもので、それ自体に強力な守護符としての力が込められていたらしい。
「我らの結界の中でよくもそこまで強力な守護力を発揮できるものですねぇ」
感心したように掛かった声に視線を魔族の少年へと向け、聖は緊張した面もちで睨み返した。
「でもそれって、地龍の皇子の力ですよね。僕は聖龍王の力が見たいなぁ」
倒れた木々の上を器用に歩きながら近づいてくる少年に気を取られていた聖は、腕に抱いた綾奈がずるりと崩れ込んだことに驚く。
「綾奈っ!」
「ごめっ‥痛ッ、い‥‥痛いって・・・」
右手首を押さえ込むようにしながら苦痛に表情を歪める綾奈に、聖は慌ててしゃがみ込もうとし、しかし目前に迫った少年の凝縮された力を感じて、咄嗟に綾奈を抱えて瞬間移動を果たした。
しかし、今度はわずか数メートル先までしか飛べず、体力の消耗に呼吸が乱れる。
「‥・痛いってば・・なんだっての、や‥ぁっ、痛い痛い痛いっっ」
綾奈の悲鳴に近い声と背後に響く爆音に、聖は迷うことなく腕の包帯を解き、それを核として口早に呪文を唱え始めた。
自分にも力が使えることを祈るように信じながら、記憶を頼りに狂いなく羅列されていく言葉に、包帯に込められた力が増幅され発光すると、まるで生き物のように綾奈の右手首に絡みつく。
「やっ、待っ‥ひーさん痛いっ、腕焼けるっ千切れるってばっ!聖っっ!!いやぁっっっ」
相反する力の衝撃に激痛が走り、綾奈は屈み込むと自分の腕を庇うように抱き込んだ。
綾奈の泣き叫ぶ声に聖は苦々しく表情を歪め、それでも詠唱を止めることなく更に集中して力を高める。
「我が声に応えし者、力を差し出せ。願いは血の浄化、楔の解放、魂の守護」
呪文の最後を己の言葉で締め、直後綾奈を光の魔方陣が包むと、夜空を照らすほどの光の柱が突き上がった。
「‥‥ぁ‥、くっ‥・・」
限界まで張り詰めた苦痛と緊張に光の中で小さく呻く綾奈は、しかし急速に引く痛みと入れ替わりに癒しの力が加わり、そのまま意識を手放し地面に蹲った。
 
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