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それまで普段通りだった貴志の空気が突然警戒を剥き出しにしたへと変わり、静は不審げに視線を流す。
「‥……委員長、どうかした?」
「静、絶対離れないで。一緒に来てくれる」
視線は門の方へと向けたまま…しかし貴志の言葉には有無を言わさぬ迫力があった。
静がおとなしく頷くのとほぼ同時に、貴志は足早に歩き始めた。
「って!何処行くんだよっっ」
慌てて後をついていく静はわけの分からない状況に説明を求めるが、貴志の表情は堅く余裕のないもののようで。
「………悠長に構えすぎたかもしれない」
返った言葉は、独り言のようなそれだった。
貴志の進むままに後をついていった静は、裏門の近くに植えられた桜の元に人影を見つける。
背の高い女と、その女の腕に身を預けるように立っている青年…後ろ姿だが、聖と共に早退したはずの透夜であることはすぐに分かった。
「透夜先輩、帰ったんじゃあ…‥‥」
そもそも女の方には見覚えがないけれどと首を傾げつつ。
そちらへとまっすぐ向かった貴志は、彼らと一定の距離を保ったところで足を止めた。
透夜の様子がどこかぐったりとした風で、静は強張った貴志の横顔を目に、まさかという思いが脳裏を巡る。
「来て頂けると思いました」
涼やかな女性の声、微笑み。
「この結界の中、皇子を連れてそちらまで行くのは些か労力を費やしますから」
しかし何処か違和感のある空気。
「………失礼ですが、貴方は?」
丁寧な口調ではあったが、貴志は警戒心を隠そうともせずそう問い掛けたが、言葉に女は意味深げに口元に笑みを浮かべるだけで。
「私は聖龍王からの預かりものをお届けにきただけです」
ともすれば味方とも取れる言葉。
しかし、それが信用の置けるものでないことは事実で、貴志は静を庇うように前へ出る。
「そんなに力まれては大事なものを見落としますわよ」
そんな貴志の様子に、見せ付けるように透夜の身体を抱き寄せる。
「覚醒している皇子が貴方一人で重責と感じるお気持ちは察しますが」
同情とも嘲りともいえる女の口調…明らかに貴志を侮辱しての発言に、静は言いしれぬ憤りを覚えた。ただ、言葉を返さない貴志の思いを優先させるように静は口を挟むことはせず、睨みつけるに留まる。
と、静の視線に気づいた女は、今度こそ馬鹿にしたようにクスクスと笑いだした。
「仲がよろしいことは結構ですが、覚醒すらしていない貴方は大人しく彼の背に隠れていた方が身のためかと・・・」
神経を逆撫でされる言葉に静がギラリと睨みつけると、女は至極上機嫌な笑みを浮かべ、直後瞬く間もなく姿が消える。
「もっとも、すぐにでも死にたいというのならお手伝いしますけれど?」
「っっ?!」
言葉は静のすぐ耳元で囁かれ、至近距離に迫った女の気配に悪寒が背筋を駆け抜け、咄嗟に振り返った。
しかし静の前に女の姿よりも先に現れたのは気を失った透夜で、静は崩れる透夜の身体を反射的に両腕で支える。
精気のまったく感じられない透夜に、静は己も血の気が失せるのを感じた。
「先輩っ!!」
長身の透夜を小柄な静が支えるには無理があり、結果としてその場にしゃがみ込むことになってしまった静の背後に女が迫るが、貴志の放った光球が二人を守るように光が包み込むと、女は冷めた瞳で貴志へと視線を流し再び姿を消す。
(何処へ?!)
直ぐ様女の気配を探ろうと全神経を集中させた貴志は、しかしそれを確認するより早く、喉元に触れられた指に息を詰めた。
「貴方も…少し肩の力を抜かれた方が宜しいのでは?」
冷酷な声音で告げる言葉と共に、冷たい指の感触が頸動脈を辿るように撫で上げられる。
言動、レベルの高さ、なにより纏わりつくような不快感に、貴志は先ほど静から聞いた男の名を思い出す。
「…余計なお世話です」
言うと同時に貴志の足下から強力な風が巻き起こり、同時に光と共に現れた召喚獣の力に、女は今度こそ間合いを取るように後ろへと跳んだ。
召喚された龍は人型…女性へと姿を変えると、貴志を庇うように立ちはだかる。幽体しか残らない陸の身体は実体がないことを証明するように透けていてた。
「貴志、やはり静の言った通り」
陸の言葉に貴志も頷き緊張した面持ちで女へと視線を向ける。彼の変化の力を見破ることは容易ではないが、先に名が出ている今であればそれはたやすい。
「………アクシアル」
静の…或いは聖の勘違いであることを願っていたが、貴志はそう名を呼ぶと苦々しげに表情を歪めた。
貴志の言葉に女は冷酷な笑みを浮かべる。
「ああ、聖龍王に名を呼ばれたんだっけ。チビの記憶を潰すの忘れてたな」
静へと視線を流しつつ女の纏う空気と雰囲気ががらりと変わり、それに合わせるようにアクシアル本来の姿へと変わる。
それから再び視線を貴志へと戻すと、彼の前へと立ちはだかる陸の姿に見下げた笑いを浮かべた。
「………そういえば、皇子の中に召喚獣を封じられた落ちこぼれがいたっけ。王子に楯突いた愚か者」
アクシアルの言葉に貴志は無表情のまま視線を返す。
歴然とした力の差、本来の姿へと戻ったアクシアルの気迫に、向き合っているだけで全神経が緊張し、息苦しささえ覚える。
「まさかとは思うけど、相手がオレだと分かっているなら尚更…たった独りで戦いを挑むほど愚かではないだろうな」
かつてはルアウォールの側近であったアクシアルを相手に、静と透夜を守りつつの戦いというのは正直貴志も自信がなかった。
出来ることなら、貴志の方こそこの場でアクシアルとの戦闘など避けたかったが、この気まぐれな男の行動など読めるはずもなく。
「・・・本当に貴方が来ているとは、思いませんでした」
レイスの側近の立場になってからは、彼がらみ以外ではほとんど姿を見せなかった相手…戦線はとうに外れたはずで、現在でも陸の情報では向こうの世界で彼が世に出てきた様子はなく、むしろ生死さえ分からなかったほどだった。
「べぇっつに〜心配しなくてもお前らなんて初っから眼中にないって。少しからかっただけなんだからそう警戒するなよ」
「………透夜さんに何をしたんですか」
慎重に問う貴志に、アクシアルは満面の笑みを返した。
「イイコト♪」
言って再び貴志を見下すようにクスクスと笑う。
アクシアルの挑発に、貴志は感情の起伏をどうにかコントロールして押さえつけ、透夜の身を案じながらとにかく今は一秒でも早くこの男が立ち去ることを願う。
「心配しなくても死んじゃいない」
貴志の態度に満足げに笑うと、アクシアルは彼の希望に応えるべく背を向け歩きだした。
「じゃ、確かに届けたんで後よろしく」
ぴらぴらと手を振り数歩進むと、門を出るより先に姿が消え、貴志の張った結界内から完全に気配が消えた。






緊張のせいで頬を伝っった汗をそのままに、アクシアルの消えた方向をしばらく見つめていた貴志は、ようやくと息を吐き静の元へと歩み寄り、途中目配せした貴志の意思を継ぐように、陸は再び姿を消す。
「脈は正常みたいだけど、体温が少し落ちてるのが気になる…ただの貧血ならいいんだけど」
透夜の様子を伺っていた静は、近づく貴志の気配にそう報告する。医学を志しているだけあって、こういった時に冷静でいられる静を頼もしく思い、貴志は再度肩の力を抜くように息を吐いて静の横へと片膝をついた。
「この様子だと、少し力を喰われたのかも…」
静に上体を預けるように気を失っている透夜の額に手のひらを当てると、貴志は意識を集中するように瞼を閉じる。
「食われた‥って……」
何気なく言った貴志の言葉に、静は頬をひきつらせ振り返った。
「魔族は人の力を喰って取り込む能力がある。下手をすると命を丸ごと取られることもあるし、彼らの寿命が桁外れに長いのもその能力のせいだと言われているし」
貴志は静へと説明しながらも透夜の様子を確認し、力が奪われたこと以外にも残存する第三者の魔力を捉える。
(術も掛けられていたのか…)
しかしそれはすでに解除されているらしい。
「………委員長」
癒しの力を使い透夜の身体に残る力を清め、そのまま少しの力を分け与えていた貴志に、それまで黙って様子を伺っていた静が声を掛けた。
「何?」
集中力を欠かぬよう視線は静に移すことなく、端的にそう聞き返す。
しかし、静からはなかなか続く言葉が返らない。どことなく沈んだ様子であることは分かったが、それが何に由来するものなのかまでは汲み取れない。
静との付き合いは高校に入ってからであり、たかだか三ヶ月程度なのだ。ある程度の性格と行動パターンを把握した程度であるため、仕方なく静の言葉を待つに留まった。
「……………。………ごめん」
ようやく紡がれた言葉は、聞いているこっちまで胸が苦しくなるような音。
「………何が?」
同じ言葉を、今度は柔らかい口調で返してみる。
「何か、足手まといでさっ。僕じゃ先輩にも何もできないや」
今度の声はいつもの明るい静の語調。
その変化が気にならなかったわけではないが、貴志はあえてそのことには触れることはしなかった。
「ま、俺も大きいこと言った割に、いきなり強いヤツ出てきてビビってたんで人のことどうこう言えないけど」
「・・・・・そうなの?」
少しの間をおいて、意外そうな声音で返る。
「……………。何、嬉しそうな顔してるんだよ」
「えっ?あっ、いやいやっっ」
貴志から向けられた冷たい視線に、静は自分の頬が緩んでいることを自覚し、慌てて首を横に振った。
大体の予想は付くものの、貴志からしてみれば面白くない。
「やっぱお前次は見捨てる」
「やっ、だってほらっっ、お前って完璧っぽいじゃんっ!今まで委員長のそういうとこ見たことなかったし、安心したってか・・・・・ゴメン」
慌てて言い訳をした静は、最終的には済まなそうに頭を下げた。
「別に事実だからいいけど・・・完璧な人間なんていないでしょう」
「うん、ゴメン」
今度は素直に落ち込んでいるらしく、肩を落として再び黙り込む静に、貴志は少しの沈黙の後、クスリと笑う。
「いいよ、許す」
貴志の言葉に俯いていた顔をあげる静に、貴志はわざとらしくにっこりと笑って返した。
「俺も、静のそういうしおらしいとこ見るのも珍しいしね」
「っっ?!」
全くの無自覚だったらしく、貴志に言い当てられた静は瞬時に赤面してしまい、咄嗟に顔を背ける。
「お‥前なぁ‥・・・」
「先にそういうこと言ってきたのは静だからね」
ムカつく…そう言葉が口をつく前に、貴志から釘を刺されるような言葉が返り、静はぐっと言葉に詰まる。
確かに、貴志の言う通りではある…あるにはあるが。
「クラスの連中がお前のこと可愛いって言ってる意味、ちょっと分かったかも」
学校でそういう単語を使われるのは単に外見とか愛想を振りまいている表面的なものであり、断じて今貴志が言っているような意味合いではなく。
上機嫌に笑う貴志に、言い返せない静は行き場のない憤りに肩をわなわなと震わせるしかなくて。
「委員長は全然可愛くないっっ!!!」
「俺はいいんだよ、キャラじゃないし・・・シッ、静かに」
更に反論を続けようとした静に、貴志は語調を強めて止める。
「気が付いたみたい」
貴志の言葉に慌てて透夜へと視線を戻すと、僅かに眉根が寄せられ、ゆっくりと瞳が開かれた。
「・・・透夜先輩?」
驚かせないように小さくそう声を掛け、しかし状況が把握できていないらしく、うっすらと開いた瞳で呼ばれた方を見るにとどまる。
「大丈夫ですか?」
貴志も労わるように言葉をかけると、透夜はようやく意識がはっきりしてきたのか、自分の意思で起き上がり俯きながら目元を押さえる。
「氷川‥と・・・葛乃部?あれ・・お前ら知り合いだっけ・・・・」
「クラスメイトです」
「あぁ・・・そか。ごめん、ちょっと・・・・・」
起きたはいいが、頭がくらくらして平衡感覚が危うく、どうにも立ち上がるところまでは難しい。自分はどうしてここに居るのか、なんでこんな体調なのか、記憶を辿ろうにも上手く思考が回らなくて、透夜はどうしたものかと息を吐いた。
「体調がまだ万全でないようですが、急ぎ聞きたいことがあるんで、いいですか?」
「ああ、うん。何?」
貴志の真剣な声に、透夜は一応頷いてみるものの、相変わらずの眩暈に俯いた顔を上げることはしない。
「俺、てっきり透夜さんは聖さんと一緒に居るんだと思ってたんですが…聖さんが何処に居るのか知ってますか?」
「・・・・・・聖?」
今自分がどうしてここに居るのかも思い出せないというのに、いきなり聖の事を聞かれたところで思い出せるはずもなく、透夜はぼうっとする頭で懸命に記憶を探る。
透夜の反応の鈍さに、やはり無理かと貴志は溜め息を零した。
「覚えてないのなら、記憶を消されているかもしれませんが……貴方はアクシアルという男にここまで連れてこられたんです」
続いた貴志の言葉に、透夜は総毛立つ思いで咄嗟にその身を抱くと、同時に蘇った鮮明な記憶に自嘲の笑みを浮かべる。
アクシアルの名前を耳にしただけで未だあの感覚を求める身体を恨めしく思い、結局は全てを吐かされた己が情けない。
「透夜さん?」
「悪い‥……聖なら綾奈探しに行ったわ」
透夜の変化に貴志は訝しげに問うが、それには応じず代わりに透夜は先ほどの質問に答えると、今度こそ貴志の表情が険しいものへと変わった。
「・・・綾奈さん、居なくなったんですか?」

 
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