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◇◇◇◇◇



「綾奈ちん、いくら水樹でもね、仙人様じゃあないから、ちゃんと順序だてて説明してくれないと分からないのよ…。で、部長が何だって?」
体育館の外まで呼び出された水樹は、パニックした綾奈をなだめることにした。
「だからっっ、聖の血が出てっっ、それでそれでっっっ、腕が真っ赤でっっっ、上から窓がっっっ」
パニックして言動があやふやな綾奈の話を、水樹は頭の中でどうにか整理してみる。
「……………つまり、部長の腕から血が出て‥ってことは、腕に怪我してるってことかぁ?上から窓って‥‥‥窓落ちたのっっっ?!」
水樹の言葉に綾奈はコクコクと何度も頷く。
「何で早くそれを言わんのだっっ!!あんの馬鹿っ、試合前に何やっとんじゃっっっ」
「だから、さっきから言ってるのにぃっっ」
状況をようやく理解した水樹は、綾奈につられるようにパニックになる。
「それ、マジ話?」
収拾のつかなくなっていた二人の背後から掛かった声に、綾奈と水樹は二人して大声を上げる。
「うひゃああぁぁっっっ」
慌てて声のする方を振り返ると、声を掛けた透夜と直前まで彼と一緒に練習していたらしい静の姿があった。
「……………。‥‥‥オレは化け物かい」
まるで夜道に幽霊にでも遭遇したような声を上げた二人に、透夜は頬を引きつらせる。
「ひ、日向君‥‥びっくりしたぁ」
ドキドキとする心臓を抑えるようにしながら、水樹が息をつく。
「マネージャーって意外と小心者だねぇ〜♪」
ニヤニヤと笑って返す透夜に、水樹はキッと睨み返した。そんな二人のことは気にする様子もなく、静は綾奈へと問いかけた。
「綾奈先輩、聖先輩が怪我したって‥‥本当ですか?」
静の真面目な声音に、綾奈もようやく落ち着きを取り戻す。
「‥‥う、うん。なんか、結構血が出てて…でも保健室開いてないだろうって、だからあたし水樹呼びに……」
「その必要はないみたいですよ」
綾奈の言葉にかぶさるようにして掛けられた声に、その場にいた皆がいっせいに声の方へと振り返る。
「今、友達が保健室の方へ連れて行ってましたから」
他校の制服を着た小柄な男子生徒が一人…その相手に、誰も見覚えはなかった。
「傷も見た目ほど深くないみたいだし、心配いらないからって伝言頼まれたんです」
皆の反応を全く気にせず、男子生徒…佐々木は言葉を続ける。
「‥………ちなみに、君は?」
皆の疑問を透夜が口にすると、佐々木は誰ともなく向けていた視線を透夜へと移し、にっこりと笑って見せた。
「聖さんのちょっとした知り合いです」
佐々木と交わった視線に、透夜は今までに感じたことのない違和感を覚える。
「‥‥知り合い‥?‥‥‥‥‥」
透夜の反応に佐々木は意味ありげに口元に笑みを浮かべてみせる。
(なんだ、コイツ‥‥‥‥‥‥)
佐々木のあからさまな挑発に、透夜は眉根を寄せた。
大体、聖の知り合いで自分が知らない相手というのが引っかかる。大阪の方の知り合いだとしても、話くらいは聞いたことがあるはずなのだけれど…。
「じゃあ、伝言を頼まれただけなので、僕はこれで」
言ってさっさと帰ろうとする佐々木に、水樹が慌てて声をかける。
「あ、うん。どうもありがとう…えっと‥‥」
「佐々木です」
言葉に透夜はわずかに瞳を開く。
返ってきた名前には聞き覚えがあった。昨日、裕乃が聖に合わせたという同級生の名前だ。しかし、ついさっき聞いた聖の話からすると…
「佐々木君ね。ありがとぉ〜」
水樹が言うと佐々木は軽く頭を下げ、来た道を戻っていった。
「じゃ、あたし様子見に保健室行ってくるから日向君部活の方…」
言いながら振り返った水樹は、しかし話し掛けていたはずの相手が既にそこにいないことを知る。
「えっ、あ、あれ、副部長は?」
ずっとそこにいると思っていただけに拍子抜けした水樹が聞くと、綾奈は水樹の立場を考えてか言いづらそうに口を開いた。
「‥‥‥あの、なんか、静君と一緒に今の子追いかけてったけど…」
「なっっ、こらあぁぁっっ、サボるなぁっっっ」
水樹の怒りの声が響いた時には、既に透夜たちの姿は見えなくなっていた。






「‥‥あれ‥?‥…先生、居ないみたいですね」
部屋の中を一通り見渡して、貴志は言いながら振り返った。
「まぁ、開いてるんだし…使っても平気だと思いますけど」
貴志は慣れた風に聖に椅子を出すと、消毒液など手当てに必要なものを探し始める。
テキパキと動く貴志の後姿に、聖は申し訳なさそうに口を開いた。
「……………貴志、あのさ…俺、応急手当とか、そーゆーの自分で出来ないんだけど」
「分かってますよ。俺がやりますから……でも、運動部の部長さんならもう少し詳しくなった方がいいと思いますよ」
特に気にすることもなくサラッと返されて、聖は自分が情けなくなる。これではどちらが年上か分かったものではない。
「う、うん…それは、マネージャーにも言われてるんだけど‥‥‥。透夜がそういうの出来るから、つい……」
叱られた子供のように小さくなった聖に、貴志はクスクスと笑い出す。
「透夜さんも過保護ですからねぇ」
手当てに必要なものを一通り揃えると、貴志はそれを持って聖の元へと戻る。
「……………。やっぱり、そういう風に見えるか?」
「自覚があるなら心配ないと思います」
言葉に貴志はにっこりと笑って返す。
「……………」
軽くあしらわれたことに聖は頬を引きつらせたのだが、貴志はそれすらもさらりと流してしまう。
「さ、じゃあ傷見せて下さい」
黙り込んだ聖をよそに、貴志は聖にどう切り出すべきか思考を巡らす。
「……………。聖さん、この傷…浅かったってことにしておいてもらえます?」
「………え?あ、うん…‥‥その方が、俺も助かるけど‥‥‥貴志?」
貴志の言い回しに引っかかるものを感じて、聖は思わず聞き返す。聖自身は皆に心配を掛けたくないという思いがあるが、貴志にはこの傷の事を隠すことに何の意味があるというのだろうか…。
「聖さんなら信用出来るから……ちょっと、反則技を使います」
「‥‥‥反則‥技って?」
不思議そうに視線を送る聖に、貴志はぎこちない笑みを返すと、先ほど巻きつけたハンカチの上から、包み込むようにして傷口に手を当てた。
「……痛かったら言って下さい」
言い終わると同時に、腕に当てた貴志の手から淡い光が生まれる。
「‥‥・・え・・・・?・・」
水の中に生まれた泡のように、いくつもの小さな光の粒子は貴志の手の平から生まれ、立ち上っては消えていく。
次第に強くなっていく光に同調するように、手を当てられている傷口に熱が集まってくる。
(‥‥‥‥‥これって‥まさか)
傷口に集中する熱をどこか遠くで感じながら、聖は見開いた瞳で貴志を見つめた。
幻想的な風景に、再びあの夢の感覚が甦る。
―――――前世の仲間は全部で五人。
判断し切れていない綾奈の存在を入れるとしても、聖が確認できたのは三人だけだ。
―――――じゃあ、後の二人は?
〈佐々木〉との間に見せた険悪な雰囲気も、貴志が彼の正体に気付いているのなら、説明がつかないだろうか?
やがて光が治まると、表情を凍らせたままの聖に、貴志は困ったように笑って見せた。
「やっぱり…驚かせてしまいましたね。僕、傷が治せたりするんです」
聖から視線を外し、貴志が腕に縛り付けていたハンカチを外すと、あんなにはっきりとあった傷口が、何処にも見当たらない。
「綾奈さん…でしたっけ?傷見られてるんでしたよね。じゃあ、一応包帯は巻いておきますね」
一言も話さない聖のことをどう思っているのか、貴志は何事もなかったように用意しておいた包帯を、あたかも傷があるかのように丁寧に腕に巻いていく。
「貴志、お前……」
「あ、他の小さな傷はバンドエイドで良いですか?」
ポツリと呟いた聖の声は、貴志に届かなかったのか…それともわざと聞こえなかったフリをしているのか、貴志はバンドエイドを探しに席を立とうとし、しかしその腕を聖が捕まえる。
「‥‥‥え‥?‥」
「……………お前、クリフ?」
未だ表情を硬くしたまま、呟いた聖の言葉に、貴志は動きを止めた。
「‥‥‥‥‥聖、さん‥?‥・・」
名前を呼ばれ、聖はようやく我に返る。
「‥‥・・・・あ、俺・・・」
思わず洩らした言葉に、聖は口元を手で覆い、貴志から視線を外す。これで全く無関係だったら、結構間が抜けている。しかし………
「……………。何故あなたが、その名前をご存知なんですか」
真剣な表情で返した貴志からの言葉は、肯定と取れるものだった。
「やっぱり……‥‥」
ひとりごちた聖に、貴志はわずかに瞳を細める。
「さっきの人に、何か言われたんですか?」
「え?さっきのって‥‥あ、いや、そうじゃなくて」
「聖っっ!!」
言いかけた聖の言葉を遮るように、保健室のドアが開けられ、綾奈の声が響いた。
「あ、綾奈……」
一瞬にして緊迫していた空気が崩れる。
「傷はっっ!!傷は大丈夫なのっっっっ」
心配そうに駆け寄ってくる綾奈に、聖は余裕の笑みで返す。
「平気平気、だからたいしたことないって言っただろ」
事実、貴志に治してもらったのだから、痛いも何もあったものではないのだし…。
「ほんとかなぁ〜?部長ってば嘘つき小僧だから信用できないんだよなぁ」
後から入ってきた水樹の核心を突いた言葉に、聖は苦笑する。
「本当に平気だってばっっ!!ほら、証人も居るっっ」
言って聖が貴志に縋るように視線を送ると、貴志はクスクスと笑い出した。
「ええ、確かに聖さんの傷は心配するほどのものでもありませんでしたよ。試合前だって聞いたんで、大事を取って大袈裟に手当てしただけですから」
「………まぁ、後輩君に免じて今回は信じてあげよう」
貴志の言葉に、水樹は渋々といった風に引き下がる。
「でも、俺勝手に聖さん連れてきちゃったんですけど、よくここが分かりましたね」
包帯やなんかを棚に戻し終えた貴志が、ふと思い出したように口を開いた。
「え?だって伝言頼んでくれたじゃない。だから……」
綾奈の答えに、聖と貴志は顔を見合わせる。
「……伝言?」
「えっ‥と‥‥佐々木君だっけか、あの子」
水樹がさっき聞いておいた名前を思い出すように口にすると、聖は怪訝な表情を浮かべた。
「アイツが‥?‥‥」
「うん。なんかその後日向君と氷川君が追いかけてったけど」
「げっ、マジでっっ?!」

 
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