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「あ〜!部長さんが部活サボってる〜♪」 芝生に寝転がったまま考え込んでいた聖は、からかうように明るく掛かった声に、ごろりと転がるようにして声の主の方へと振り返った。 「超人的バスケ馬鹿の聖がサボるなんて珍しいこともあるもんだ。嵐が来なきゃいいけど」 自分のことを気に掛けてくれているのは分かるのだが、こうもはっきり馬鹿呼ばわりされては、素直に喜べない。 「………綾奈」 聖は苦笑し、ゆっくりと起き上がった。 「透夜君はちゃんと部活に復帰してたのになぁ〜」 いいながら、綾奈はスカートなのを気にすることもなく、聖の横を陣取って芝生の上に座った。 「まぁだスッキリしない顔してるってことは、原因は透夜とのケンカじゃないってことか」 何も言わないうちからそこまで言い当てられて、聖は口元を引きつらせる。 「‥‥‥‥俺ってそんなに顔に出る?」 聖の言葉に綾奈は目を丸くすると、大袈裟に驚いて見せた。 「はぁ?今更なに言ってんの?!出ないよ!出るわけないじゃんっっ!聖は機嫌悪い以外ほとんど無表情じゃん。少しは透夜を見習って欲しいくらいだよ」 わざとらしく溜め息をつく綾奈に、聖は今度こそムッとする。 「悪かったなぁっっ」 言った途端に綾奈に人差し指を突きつけられる。 「ほーらそれ!」 「………………」 聖は頬を膨らませると、ふいっと顔を背けた。 「何も言わない、顔にも出さないで聖の気持ちを悟ってあげなきゃいけない透夜やあたしの身にもなって欲しいよねぇ〜」 「別に……………頼んでないし、そんなの」 拗ねに走った聖に、綾奈はくすくすと小さく笑う。 「そりゃあね。透夜やあたしが聖のこと好きだからやってるだけだしね」 「………………」 綾奈の言葉に、聖はいよいよ綾奈の顔をまともに見れなくなる。どうしてこんな照れくさい言葉を何事もないように言えるのだろう…。こんなことをさらりと言ってのける辺り、透夜と綾奈は似ていると思う。 「あっれ〜?どうしたのぉ?お兄さん顔赤いよぉ〜♪」 背後でニヤニヤと笑っているだろう綾奈の声に、聖は思わず怒鳴り返した。 「う、うるさいっっっ」 「やぁ〜ん♪聖ったら照れちゃって可愛いんだ〜♪可愛いから抱きついちゃえっ♪えいっ」 背後からのしかかるように抱きつく綾奈に、聖は今度こそ耳まで赤面した。 「だあぁぁっっ!やめんかっ!何でお前らはそう行動が同じなんだぁっっ!!」 慌てて綾奈を振りほどいた聖は、相当必死だったらしく肩で息をしている。 「ふっふっふっ♪それはもちろん聖が可愛いからだよ〜♪」 「あそーですかぁっっっ!!!」 怒鳴るようにそう言うと、聖は立ち上がった。 「まぁまぁ♪綾奈は透夜みたいに頭良くないし、こーんな馬鹿みたいなことしかできないけどさ、お馬鹿さんになりたくなったらいつでもおいで」 言葉に振り返る聖に、綾奈は自然と微笑む。 「………………さんきゅ」 照れを残しつつ、聖は口元に小さく笑みを浮かべた。 それから小さく息をつくと、ふと聖は真面目な顔をする。 「………綾奈はさ、俺の〈力〉‥‥‥どう思う?」 聖に合わせるように立ち上がった綾奈は、聖の言葉に不思議そうに聖の方へと視線を向ける。 「そだねぇ……‥‥ちょっと羨ましいかも」 「羨ましい?」 綾奈から返ってきた言葉に、聖は確かめるように聞きなおした。 「ほら、あたし遅刻魔だからさ〜。瞬間移動は便利が良いんじゃないかなぁとか思ったりして」 綾奈の答えに、聖は呆れかえった視線を返す。 「………………そう言うヤツは、力あればある分計算して遅刻するから意味ないと思うぞ」 「あ、あはははははは〜。やっぱそー思う?」 聖のやたら現実的な突っ込みに、綾奈は乾いた笑いを浮かべた。 「でもやっぱさ、苦労の絶えない聖なんかを見てると、大変なことが多いんだろうね。そゆのもさ」 「………そうなぁ〜」 言いながら聖は小さく息をつくと、伸びをするようにしながら空を仰いだ。 途端に視界に入ってきた景色に、聖は目を見開く。 「‥‥‥っ‥な‥‥‥!‥」 窓ガラスが落ちてくる…瞬間判断が出来たのはそこまでだった。 思考をめぐらすよりも先に、聖は綾奈を庇うようにして横に飛ぶ。 「え‥?‥‥」 聖の行動に驚いた綾奈の声と、背後で大きな衝撃音が響いたのはほとんど動じだった。 「‥‥っ‥い‥‥たぁ‥‥‥‥」 小さく声を上げると、ゆっくりと瞳を開く。 聖に押し倒されているこの状況を理解できず慌てた綾奈は、しかし自分を庇うようにしている聖に全く反応がないことに、無意識のうちに不安がよぎる。 「‥‥ひ‥じり・?・・・」 綾奈に声を掛けられ、聖はようやく…ゆっくりと起き上がると、辛そうに表情をゆがめたまま口を開く。 「………‥綾奈‥怪我、ない?」 「え?う、うん‥‥って、ちょっ、腕っ」 血に染まっている聖の腕にようやく気付き、綾奈は驚いて思わずつかみかかる。 「痛っ!」 「あ、ご、ごめんっっ」 聖の声に驚いて、綾奈は慌てて手を離す。傷に触れた指先の生暖かい液体に、それが本物の血であることを自覚すると、綾奈は自身の血の気が引くのを感じた。 「なんで‥こんな……」 良く見てみると、聖は腕の他にもあちこちに硝子の破片で切ったと思われる傷ができている。 「なんか‥窓、落ちてきたみたい‥‥‥」 巻き込まれたのが自分たちだけだったのは不幸中の幸いと言うべきか…。 試験休み初日とあって学校内に人がほとんど居ないせいか、先程の衝撃音にも人が集まってくる様子はない。 「と、とにかく保健室行かなきゃ」 パニックを起こしかけている綾奈に、聖はなるべく冷静に話す。 「いや、試験休みなんだし閉まってんだろ…たいしたことなさそうだし、マネージャーに見てもらうよ」 「え、えと、じゃ、あたし水樹呼んでくるっっっ」 「え、いいよ……」 綾奈は言うが早いかその場を立ち上がり、聖の言葉も聞こえていないのか、猛ダッシュで体育館の方へと消えていった。 「………行っちゃった」 「独りにしない方がいいと思うよ、彼女」 「っっ!!」 突然に背後から掛かった声に、聖は振り返ると慌てて立ち上がる。直前までは、人気はまるでなかったはずだ。 「………お前」 「こんにちは。聖さん」 わざとらしく名前を呼ばれて、聖は不快感をあらわにした。 現れたのは〈佐々木〉だった。 「お前がやったのか…?…これ‥‥‥」 聖の問いに佐々木は瞳を細めると、嘲笑を浮かべる。 「まっさかぁ〜。オレがやるんだったらこんなまわりくどい方法取らないって。………あいつらにも見つかっちゃったみたいだね、あんたら」 「…………………」 警戒した視線を向ける聖へ、佐々木は気にせず近づいた。 「かしてみ…傷、治してやるよ」 佐々木の言葉に、聖は眉根を寄せる。 確か、魔族に治癒魔法というのは無理だったような……。 「遠慮する……」 聖の答えに、佐々木は特に気にする様子もない。 「そう?じゃあ、忠告だけ。あの子、独りにすると危ないよ…」 言葉に聖は考え込む。透夜みたいな〈繋がり〉の感じられない綾奈が、この件に関して関係者なのかそうでないのか、判断しかねていた。 「あれは〈風の皇子〉っぽいけど…違う?」 サーラ姫と似ているは似ているのだけれど…。 「…………分かんねぇ」 聖の答えに、佐々木はまるで自分の問題のように溜め息をつく。 「大切な人はなるべく近くに置かないことだね。心を許している相手に対して、聖は態度が違いすぎるから、弱点がバレバレ」 「……なんでそんなこと俺に言うんだよ?」 「さぁてねぇ〜」 わざとらしくシラを切ると、もうその話題には興味がないと言う風に話題を変えた。 「そんなことよりさぁ〜、昨日のあれ、俺にもできる?」 佐々木の問いかけに聖は眉根を寄せ、少しの間を置いて小さく溜め息をついた。 「………………。…無理だよ」 きっぱりと否定の言葉が返ったことに、佐々木はムッとした表情を見せる。 「なんで?」 「…俺の力は、突然変異だから」 さらりと言ってのける聖の、わずかに表情をゆがめる仕草が…ロイとダブる。 懐かしいという感覚と、それが第三者であるというわずかな不快感に、佐々木は瞳を細めた。 「こっちの世界で〈力〉持ってるヤツなんてそうそういない。つぅか、今まで会ったことないし」 「………ふぅーん」 会話が途切れ、佐々木がなにやら考え込んでいると、やがて聖が様子をうかがうようにしながら口を開いた。 「あのさ……‥‥俺も、あんたに聞きたいことあるんだけど」 昨日の警戒振りが嘘のような聖の態度に、佐々木は不思議そうに聖を見つめ返し、やがて小さく笑って見せた。 「いいよ、何?」 「ロイとあんたって…どういう関係だったの?」 聖の言葉に、佐々木は眉根を寄せる。 「何で…‥?‥だって、聖は知ってるんじゃ‥‥」 言いかけ、背後から近づいてくる気配に、佐々木は舌打った。 「聖さんっっ!」 掛けられた声に、聖は視線をやると、見覚えのある人影が近づいてくるのが見て取れた。 確か…静と同じクラスだったか‥‥‥委員会の後輩で、聖自身付き合いの深い相手だ。 「‥‥‥‥‥貴志‥?‥」 佐々木は貴志(きし)と呼ばれた少年へと振り返ると、あからさまに不機嫌な顔つきへと変わり、二人の間に割って入った貴志と入れ替わるようにして数歩下がった。 「聖さん、その件はまた今度話しますね」 わざとらしく言った佐々木へ貴志が睨みつけると、それを予測していたらしい佐々木は嘲笑を返した。 二人の険悪な雰囲気に聖は眉根を寄せ、それに気付いた佐々木が勿体付けるようににっこりと笑って返した。 「お邪魔みたいだから、オレ帰りますね」 「え、お、おいっっ」 慌てる聖にウィンクを返すと、佐々木はさっさとその場を離れて行った。 聖は訳がわからず貴志の方へと視線を向けると、彼は警戒をあらわに佐々木の後姿を見つめている。 「………………。聖さん、あの人と知り合いですか?うちの学校の生徒じゃないみたいですけど…」 しばらくの間流れていた沈黙は、佐々木の姿が見えなくなることで解かれた。 貴志はようやく肩の力を抜き、そう口を開く。 「え、あ‥うん、まぁ‥‥‥」 〈知り合い〉という言葉に今ひとつ当てはまらないような気もするが、他にしっくり来る言葉も見つからない。聖はとりあえず頷いてみせる。 「貴志こそどうしたんだよ?部活入ってるわけでもないのに…試験休みだろ」 「俺は…図書室に調べ物しに。で、さっきなんか凄い音がしたから……」 そこまで言って、貴志はようやく聖の腕の傷に気付いた。 「どうしたんですかっ、その傷っっ」 反射的に聖の腕に貴志は手を伸ばす。 「痛っっ!!」 「わっ、す、すみませんっっ」 「いや……平気」 慌てる貴志に、聖はなんとか笑って返す。 「なんか、さっき上から窓落ちてきてさ……。運が悪いっつうかなんつうか‥‥‥」 聖の言葉に貴志は眉根を寄せる。いくら校舎が古いからといって、窓が落ちてくるなど不自然過ぎる。 「‥‥‥ちょっと見せて下さい」 言われて聖は傷口を抑えていた手をゆっくりと外すしてみせる。大きな硝子で切ったのか、傷口が結構大きく開いている。 「……聖さん。ちょっと痛覚鈍くないですか、あなた…‥‥」 「え、そうかな……‥」 これでどうしてほとんど顔に出ないのか不思議で仕方がないなどと貴志はひとりごち、ポケットからハンカチを取り出すと、止血するようにきつく結びつけた。 「とにかく手当てしないと‥保健室行きましょう」 「あ、平気、今綾奈にマネージャー呼んで来てもらってるから。大体休みなんだし、開いてないだろ」 「大丈夫ですよ、さっき先生来てましたから。ここからなら保健室行った方が早いし、すぐにでも手当てした方がいい」 説明する聖に、けれど貴志は関係ないという風に聖の背を押して校舎へと連れて行く。 「で、でも綾奈が戻ってきたら……」 「大体、そんな大怪我を静達に見せたら大騒ぎじゃないですか……もうすぐ試合なんでしょ?」 聖の言葉を遮るように、貴志は幾分声のトーンを落としてそう告げた。 〈試合〉という単語に聖は背筋に冷や汗が伝うのを感じる。この怪我では、どう考えても差し支えが出るだろう。 「………………ホント、運悪いなぁ、俺」 溜め息をつく聖の背中を視界に入れながら、貴志は内心舌打ちをする。 (病院に連れていった方がいいんだろうけど、もうそんなこと言ってられる状態じゃない…) 先程の男子学生といい、窓が落ちてきたことといい、これは偶然ではないだろうから…。 (せめて聖さんが〈覚醒〉していれば、もう少し動きようがあるんだけど…) |
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