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綾奈が届けてくれたお弁当を中庭の芝生の…丁度木陰になる辺りに広げながら、しばらく続いていた沈黙を破ったのは透夜だった。 「……………………夏の大会終わったらさ、オレやっぱ部活辞めるわ」 「……‥‥‥え?」 昨日のことをどう話すべきかをさっきからずっと考えていた聖は、透夜の突然の話に反応が遅れる。 「本気で家継ぐならそろそろ真面目にやらないと‥とか考えてさ」 透夜の言葉に、聖はぼぅっとしたまま、「ああ、そっか」などと呟く。 「………道場、やっぱ継ぐんだ」 透夜の父親は剣道の道場を開いていて、聖も小学校前半くらいまでは遊び気分でやっていたこともある。 もともと透夜がバスケ部に入ったのだって、中学の時に剣道部がなかったから聖に付き合ったのがきっかけで、高校はそのままなんとなく続けるような状態になったのだけれど。 長男である透夜が家を継ぐと言うのは、別に変わったことでもないし…。 「春に免許皆伝とったやんかー………で、親父がいい加減剣道一本に絞って欲しいっぽいし」 「………その年で免許皆伝なんて取るなよ。お前超人的‥‥」 ようやくさっきまでの緊張がほぐれてきた聖は小さく笑う。 「こう見えても透夜くん努力家ですから〜」 聖の反応に透夜も思わず笑みを浮かべると、いつもの冗談めいた口調で返した。 「朝晩稽古やって、それで部活までやっちゃう辺りが恐ろしい‥」 「部活手ぇ抜いてんも〜ん♪」 ケタケタと笑う透夜に、聖は思わずキッと睨みつける。 「ジョーダンだっつの♪大体、道場継がせたいのに学校で違う部活入んの許してくれてる事態、うちの親父様は寛大だと思うしね〜」 確かに…と聖は頷く。そういえば、透夜をバスケに引きずり込むのに、家族を説得したのは聖の方だった気もする…。 「おじさん優しいもんな」 聖の言葉に透夜は苦笑する。 「………道場で会わなきゃね」 言われて聖は思わず道場に通っていた頃の記憶を思い出すと、無言のまま頷いた。普段ぽやぽや〜っとしているくせに、胴着に着替えるとまるで別人だったような記憶がある…。 「静みたいな強いヤツも入ったし…オレいなくてもそんな困らんだろ」 透夜の言葉に、聖は少し考えると嫌そうな顔をする。 「………‥‥全国狙ってたのに‥」 「まぁだ今年残ってんじゃん♪」 「まーなー」 聖は気の抜けたような返事を返すと、芝生に寝転がった。 視界に入ってきた空は、真っ青な空に夏らしく白い雲が映えている。 高校一杯ぐらいは一緒にプレイできるかと思っていただけに、透夜の突然の告白には少なからずショックが残った。 「‥‥‥聖さぁ」 「んー‥‥?‥・・・」 透夜の問いかけに、聖は空に見とれたまま…気のない返事を返す。 「オレに相談とか‥しなくなったよな‥‥」 言葉に、聖はようやく視線を空から透夜へと移した。 「‥‥‥‥‥‥そ、か‥?‥‥」 言われてもあまり自覚がない…自分では透夜に頼り切っている気がするのだけれど。 「お前が口下手なのは分かってっけどさ…」 透夜の言わんとしていることが分かって、聖はゆっくりと身体を起こした。 多分昨日の話をしているのだろう。 「自分でも…混乱しててさ……」 自分のことを話さなくなったのだとしたら、多分それは自分の存在に自信をもてないからだろう。〈ロイ〉の夢を見るたびに…〈聖〉という存在が薄らいでいくような気がする。 それに……… 「うちの家族がばらばらになったのだって‥‥…俺のせいだし」 「…………………」 言葉に透夜は視線だけを送る。 聖の母親が、超能力を持った息子を産んだことでノイローゼに掛かかっていた時期を、幼くはあったが透夜自身しっかりと覚えている。実の母親にしては酷すぎる仕打ち…けれど聖は、その頃の記憶をなくしてた。 「‥‥なんか、思い出したん?」 そのことと最近の聖の情緒不安定さがどう繋がるのかが今ひとつ分からず、透夜は聖の様子を伺うようにしながら、疑問を口にした。 しかし、そのことに関しては聖は小さくかぶりを振る。 「………変なコト言って…自分が否定されるのが怖い」 …ただ漠然と、恐怖心が根付いている。 「………………聖」 気遣うように掛かった透夜の声に、聖は力なく笑うと、小さく息をついた。 「……………夢、見るんだ」 言いながら、聖は透夜の反応を確かめるのが怖くなって…俯く。 自分の中にあるもう一つの世界、リアル過ぎる夢、幼い子供が得るはずのない…過酷なロイの人生。 子供の頃はロイの話も周りの人にしていたような気がするが、度重なる聖の非現実的な話に、大人たちの視線が次第に変わっていったのを覚えているから…。 「特定の一人の…人生っつうか‥‥‥」 聖の言葉に、透夜は眉根を寄せる。 聞いたことがある気がした…昔。 あまりに壮大な話だったから、印象に残っている。 「それってまさか……‥‥〈ロイ〉の、夢?」 透夜の言葉に、聖は瞳を見開き…ゆっくりと顔を上げた。 「‥‥あ‥れ‥‥…?……俺、お前にも話したことあったっけ」 「ロイの話だったら、一時期すっごい聞いた。確か…退院してから1〜2年くらいの間だと思ったけど」 5歳の頃…階段から足を滑らせ、運悪く頭から落ちて意識不明の重体に陥ったことがあった。それがきっかけで一部記憶の欠如、混乱を起こしたらしく、それ以降もしばらくの間は記憶障害を起こしていた時期がある。 大人たちはそれを幸運ととったのか、その事件を境に母親は大阪の実家へ戻り養生することにしたのだ。 「あぁ、あの時期だったんだ…みんなに話してたの」 どうりで記憶があやふやだと思った…などと聖は独りごちた。 「あの夢、まだ見てたんだ…」 言葉に聖は苦笑した。 「そ、しかも夢じゃないんだと」 「……‥‥‥え?何が」 聖の言っている意味が今ひとつ分からず、透夜は反応が遅れる。 「〈前世〉なんだってさ」 投げやりに言う聖の言葉に、引っかかるものを感じる。誰かから聞いたような言い回し………。 「‥‥‥‥え‥‥何、それ。誰に聞いたの」 「昨日会ったヤツ」 〈昨日〉と聞いて、透夜は眉根を寄せた。昨日一緒にいなかった時間は、裕乃が心配していた…あの時間。 「………〈ロイ〉の知ってるヤツだった」 「ちょ、ちょっと待てよっ!前世に知り合いのヤツが生きてるつったらおかしいじゃんっっ」 慌てて言う透夜に、しかし聖は何事もないように答える。 「魔族の寿命は千年だか五千年だかで長いから……」 「…………………」 聖から話を聞いたことがあるだけの…実質的な知識がまったくない透夜には、なんと言って返せば良いのか分からない。 「……………それから、透夜には言っとかなきゃって思って」 「……‥‥‥何が?」 聖は透夜から視線をそらすように俯くと、引き寄せた自分の膝に顔をうずめた。 「〈龍の皇子〉はロイを入れて全部で六人いたんだ…………」 |
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