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◇◇◇◇◇



試験休み初日。
もうすぐお昼という時間…部員たちのフォームのチェックなんかをしていた聖に、横でサポートに回っていたマネージャの水樹が、タイミングをうかがうようにしながら声をかけた。
「……………………滝本部長」
呼ばれて振り向いた聖は、執拗に覗き込んでくる水樹の迫力に、思わずたじろいだ。
「…‥‥な、何?」
「ひとつ、聞いても良いかな?」
「う、うん……‥‥」
聖の返事を確認すると、水樹は呆れた風に口を開いた。
「どうしたら、あの温厚且つ人当たりの良い副部長をあそこまで怒らせることができるのかね?」
水樹の指摘に聖はぎくりと肩を揺らす。
昨日あれだけ透夜からクギを刺されたにもかかわらず、あの青年と対面していた時の緊張と疲れが出てしまったのか、あの後聖はこともあろうに朝まで爆睡してしまったのだ。
つまり結局のところ透夜にこれっぽっちも事情を話すこともなく…である。
「い、いや、あの、ちょっと・・・‥‥‥」
結果、今朝から透夜は一言も口をきいてくれない状態が続いている。
聖の慌て具合に、水樹は「やっぱり部長が原因か…」などと呟いた。
「なぁ〜んだ。透夜先輩の不機嫌の原因って、聖先輩だったんですかぁ〜」
と、いつの間に背後に回ったのか、後輩である静(しずか)の声が掛かる。
「静まで‥‥……何でここにいるんだ、お前は」
「ひっどいなぁ〜!テスト明けたら僕とコンビやってくれる約束じゃないですかぁっっ」
バスケットをやっている割には背が低く、時折女子にも間違われるほどの〈可愛い〉容姿で、静はショックを受けたと言う風に大袈裟なリアクションを取る。
「あぁ……と、そうか。悪い、忘れてた」
なんでも静は中学時代に全国大会で聖と透夜のバスケを見て以来ファンになったとかで、高校入学以来二人にすっかり懐いていたのだが……。
「しくしくしくしくしく」
「ちょおっとぉ!うちのアイドル泣かせないでよぉ〜」
わざとらしく泣きまねをする静を水樹が大袈裟に庇い、聖は苦笑を漏らした。この二人のテンションの高さに、もともと不器用な聖に突っ込みを入れろというのは酷な話だ。
聖の反応に、水樹はコホンと一つ咳払いをすると、真顔に戻って話を戻した。
「まぁ…君たちの喧嘩は良いとしてもさぁ〜、あれじゃ一緒に練習してる他の部員が可哀想だよ」
確かに、透夜の不機嫌さは誰から見ても一目瞭然である。
「日向君みたいな美形が凄むとマジ怖いんだってばさぁ」
しかしそうは言われても、透夜が本気で怒るなど滅多にない…。聖自身どうすればよいのか大混乱なのだが…。
「丁度そろそろお昼休みだしぃ〜?午後の練習が始まるまでにはどうにかしといてよねぇ」
「そ、そんな事言われてもっっ」
慌てる聖を持っていたファイルで軽く叩くと、水樹は首から下げていたホイッスルを鳴らした。
「皆さんお疲れサマ〜♪お昼の休憩タイムだよぉ〜ん」
「ちょっ、マネージャーっっ」
情けない声を上げる聖に、水樹はくるりと振り返ると、わざとらしくにっこりと笑いながら念を押した。
「じゃあ!よ・ろ・し・くっ!!!!!」
何故か勝ち誇る水樹の後姿に、聖は大きな溜め息をついた。






(何でこんなんなったかなぁ……)
どうしたものかと思考をめぐらせている聖をよそに、透夜はさっさと体育館を出て行ってしまった。
「あ、聖先輩!透夜先輩行っちゃいますよっ?!」
考え込んでいる聖と透夜の出て行った出口を代わる代わる見るようにしながら、静が慌てて声をかける。
「え?わっ、ちょ、ちょっと透夜っっ」
聖は慌てて透夜を追いかけた。
「静、わりっ!今週中にはコンビ練習出来るようにすっから」
置いてきた静に振り返るようにして言いながら、ドアを出て行く。
と、渡り廊下に出たところで、まだそこにいたらしい透夜の背中にもろに激突してしまった。
「いっ…‥て‥‥‥」
小さくうめいて恨みがましい視線をよこす透夜に、聖はばつが悪そうに謝った。
「‥ご、ごめん‥‥‥‥‥」
聖のあまりの間抜けさに透夜は肩の力が抜け、小さく溜め息をついた。
「あ、聖もおはよぉ〜♪」
ぎこちない空気の流れる中、聞きなれた明るい声に聖は顔を上げる。
「何で綾奈が学校に来てんだよ…試験休みだろ‥‥‥」
もう一人の幼馴染み…綾奈(あやな)の姿に、聖は思わず視線をそらした。よりにもよって透夜とこんな状況の時に…タイミングが悪いったらない。
「あーっ、そーゆーこと言うんだ?折角お昼を持ってきてあげたのになぁ」
「えっ?あっ‥‥‥……」
そういえば昼食のことなんて全く考えていなかった。
「昨日まぁた透夜の家泊まったって?克己さんにお弁当預かっちゃったじゃん」
言いながら手に持っていた紙袋を軽く持ち上げてひらひらと振ってみせる。
しまったという顔をする聖に勝ち誇った笑顔を見せると、綾奈はわざとらしく透夜にそれを渡した。
「はい♪二人分まとめて入ってるみたいだから、よろしくね♪」
二人の今の状況を見抜いているらしい綾奈の笑顔に、透夜も流石に言葉に詰まった。ガキくさいことをしていると自分でも思ってはいるのだ…。
「………………さんきゅ」
返答を聞くと、綾奈は自然な笑みに変え、聖には聞こえないように小声で透夜に声をかけた。
「どーっせ、聖の鈍感はいつものことなんだから、透夜もいい加減機嫌直してやんなよね」
言って透夜の肩を軽く叩くと、綾奈はそのまま体育館の方へと向かう。
「水樹まだ中にいるよね?」
「え、あ、う、うんっっ」
振り返って聞く綾奈に、聖は慌ててそれだけ答えた。
綾奈が体育館の中へと消え…二人きりになると、再びぎこちない空気が流れる。
どうするべきかと聖があれこれ考えているのが空気だけで伝わってしまう辺り、長い付き合いがものをいう。
透夜は大きく溜め息をつくと、仕方がないという風に振り返った。
「飯、食うべ」
「………お、おうっ」

 
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