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〔U〕


自室で今日もらったばかりの夏休みの課題に目を通していた透夜は、いつの間に入ってきたのか…背後で落ち着きなく歩き回っている愛犬ギルバートが気になって、すっかり集中力が途切れてしまっていた。
透夜が振り返ると、ギルバートは嬉しそうに近寄ってくる。
「こーらぁ!静かにしなさいっての」
ギルバートはラブラドール・レトリバーの…しかももう立派な成犬である。懐いてくれているのは嬉しいが、前足で乗り上げられると結構重い・・・。
「散歩だったら後で行ってやるから…っとに、甘えん坊だなぁ、お前」
呆れた声を上げつつも、毛並みを撫でる手には愛情がこもる。
しばらくそうして甘えていたギルバートが、ふと何かに反応するように振り替えると、部屋の中央に向かって吠え始めた。
「わっ!ギルっっ、分かったから吠えんなっっ」
透夜は言いながら慌ててギルバートの口を押さえ込む。
ギルバートの吠えた場所…部屋の中央が一瞬歪んだかと思うと、そこに聖の姿が現れた。
透夜は特に驚くこともなく、どうしたものかと頭をかくと、まるで台詞を棒読むように声を上げた。
「きゃー、不法侵入者だぁー、おまわりさぁーん」
透夜の間の抜けた声に、聖はばつが悪そうに顔を背けた。
「…………お、お邪魔します」
興奮するギルバートをなだめるようにしながら、透夜は呆れたと言う風に視線を送る。
「超能力は使わないという早苗さんとの約束を破りましたね?聖君。イエローカードです」
現在離れて暮らしている姉…早苗の名前を出されて、聖はぎくりとし…頬を引きつらせる。
「し、しょうがないだろ…緊急事態だったんだからっっ」
毎回使われる聖の言い訳に、透夜はわざとらしく溜め息をついた。
「オレはいいっすよ、別にオレはねぇ〜。たださぁ、何で毎回オレの部屋に避難してくるの、お前さんは」
言いながら、透夜は聖の隣りにしゃがみこむと、乱暴に聖のスニーカーを奪い取った。
「……………。……透夜のところが、一番安心なんだもん」
「あそぉーですかぁ!」
ふてくされてそっぽを向く聖へ、透夜はでこピンをくらわす。
「ってぇーなぁっっ!!」
怒りに任せて振り返った聖は、想像以上に怒っていたらしい透夜の視線とぶつかって、一瞬言葉に詰まる。
「……これで理由話さなかったらマジ怒るからな」
「…………‥‥ゴメン」
聖の頭を軽くたたきながら透夜は立ち上がると、ドアの方へと向かう。
「お前その顔色どうにかするまで部屋出るなよ。もう裕乃ちゃん来てっから…すっげー心配してた」
「………‥‥‥‥ああ」
透夜の後について部屋を出て行くギルバートを見送ってから、聖は部屋の端に置かれていたベッドへと寄りかかった。
(透夜は〈仲間〉なんだろうなぁ…やっぱ…‥‥‥)
今まで見てきた夢の記憶を辿って…これから起こり得る状況を考えると、聖は小さく溜め息をついた。



◆◆◆◆◆



「お疲れ様ぁ〜♪」
公務を終えて自室の扉を開けたロイは、部屋の中央に置かれたソファーでくつろいでいる人物を目にして口元を引きつらせた。
「アル…私が留守の時には入るなと言ったと思うのだが‥‥?‥」
「え?だって今日は留守じゃないじゃん♪」
ロイの言葉の意味を理解していながら、アクシアルはわざとらしくとぼけてみせる。アクシアルのこの年齢にそぐわぬ程の子供っぽさには、さすがにロイも頭痛を覚えずに入られない。
ロイは小さく溜め息をつくと、疲れた表情を隠そうともせずに告げた。
「じゃあ、次からは私が部屋にいないときには入らないでくれないか」
それでも自分を責めようとはしないロイに、アクシアルは嬉しそうに頷いた。
「りょーかい♪」
肩の力を抜くように小さく笑ってから、ロイは着替え始めた。
アクシアルは至極当然のようにそんなロイへと部屋着を差し出すと、ロイの着ていた服を受け取ってクローゼットへとしまう。
アクシアルの行動を視線だけで追っていたロイは、ふと考えるような仕草をすると口を開いた。
「……別に、私のところに来てまでそういうことする必要はないよ?」
全てやらせてしまってから言うのもどうかとは思ったが…。
「いいのいいの♪お疲れのところを押しかけちゃってるし…それにクセなんだよね〜、こーゆーの。職業病ってヤツ?」
アクシアルの方は特に気にすることもなく、機嫌良さげにそれだけ言いながら、ソファーへと腰掛けたロイの元へと戻ってくる。
「で、今日は?」
聞きながら、しかしロイはアクシアルの返答に期待はもたない。どうせいつもと理由は同じだ。
「え?顔見に来ただけ〜♪」
案の定アクシアルはロイの質問を笑い飛ばした。
「…………おい」
今し方疲れているところを云々と言ったのはどの口だとでも言いたげに、ロイは嫌そうな視線を向ける。
「やだなぁ、王様♪まさか手ぶらで来ようなんて思ってないですよぉ〜」
わざと低姿勢に言いながら、アクシアルは口元に意味深な笑みを浮かべると、持ってきた荷物の中からボトルを取り出す。
「極上の30年ものが手に入ったからぁ〜、ロイと飲もうと思ってさぁ♪」
自慢げに見せ付けるアクシアルに、ロイは苦笑する。
「またそういう出所の怪しいものを持ってくる…‥‥」
「もう、信用ないなぁ‥‥…とか言って、飲むでしょ?」
ロイの反応にいじけるように言ってから、しかし悪戯の共犯を誘うようにアクシアルが問うと、ロイは口元に笑みをのせた。
「勿論」



◇◇◇◇◇



いつの間に眠ってしまったのか、記憶がない…。
聖はぼぅっとしたままの頭を抱えながら、ゆっくりと起き上がった。
夢の内容はほとんど覚えていない。しかし………
(……………………ロイがアクシアルに心を許す?)
確かにそんな感じだった。
もともと聖が見るロイの夢は、大体今の聖と同じ年頃の夢だというだけで、見るたびに順序も場面もめちゃくちゃで、前後が繋がるということがほとんどない。
「……………なに?あれ…‥‥」
考えようとしても寝起きで頭が回らない。眠そうな目をこすると、聖は無意識のうちに再び布団の中にもぐりこんだ。
「…パズル、キライ…‥なん、だ・・けど・・・・」
寝ぼけた声でそれだけ言うと、聖は再び寝息を立て始めた。

 
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