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それまでおとなしく後を付いて歩いていた聖は、公園の入り口まできたところで足を止めた。 ………その〈先〉に感じる確かな違和感。 「どうしたの?」 聖の様子を気に止めるわけでもなく、佐々木が言い返す。 この違和感が何なのか、想像がついてしまうあたり、聖はいいかげんうんざりしていた。 (これは夢じゃない…けど……‥‥) まるであの夢の再現のような現状に、頭の中が混乱してくる。 聖がいつまで経ってもそこから動こうとしないのを、佐々木は口元だけで笑って返した。 「〈覚醒〉前の割には、随分と感が冴えてるじゃないか」 「………カクセイ?」 言葉に聖は眉根を寄せる。 「ほら、これでいいんだろ?」 言うと同時に、今までの違和感が消える。 聖は小さく溜め息をつき、今度は素直に公園の中へと入っていった。 「折角人が見つからないように気ぃ使ってやってんのになぁ」 不満げに言いながら、佐々木は聖へと向き直った。 「で、何で聖はオレのこと知ってるの?」 「……………あんたなんか、知らない」 自分でも理解できないこの状況を、説明なんて出来るわけがない。 「んな分かりやすい嘘付かれても困るなぁ〜」 言葉に口元に笑みを浮かべると、佐々木は聖の腕をつかんだ。 「な、なんだよっ」 慌てた聖が腕を振り解こうとするが、佐々木はそれを離そうとしない。 「ちぃとだけおとなしくしてねぇ」 言い終わると同時に、つかまれた腕から全身にかけて異質な風がすり抜けるのを感じ、聖は瞳を見開く。 「なっ!!」 夢と現実が交錯する。体験したことのないはずの感覚を…けれど身体よりももっと奥に眠る感覚が反応する。 (今の感じは……まさか…………) 「やっぱ結界は張っとかないとまずいだろ」 脳裏をよぎった言葉が佐々木の口から発せられ、聖は硬直したまま佐々木を見つめ返した。 視線の先で佐々木が嘲笑を浮かべると、まるでTVの映像がぶれた時のように佐々木の姿が歪み、次の瞬間そこに現れたのは佐々木ではなく…街角で会ったあの男の姿だった。正確に言えば、あの時とも少し違う…短く尖った耳。 「これでもまだ、シラを切るか?聖龍王」 聞きなれた単語に、聖は全身の血の気が引くのを感じ、数歩後退った。 「…‥なん‥で‥‥・だって、・・ロイは・?・・・・」 聖の漏らした一言に、青年は一瞬瞳を細め…やがて表情が消える。 「………ロイは死んだよ。つっても、五百年も前の話だけどね」 「……‥え‥?‥‥‥」 返ってきた答えに聖は自分の鼓動がいっそう大きく脈打つのを感じた。 いつも見るあの夢がロイの視点だったのは、どうしてなのか…気付いてしまったら、後戻りが出来ないような気にさえなって……。 「〈覚醒〉前のあんたが、一体何処でその知識を得たんだ?」 言葉に我に返った聖は、慌ててかぶりを振る。 「し、知らないっ!!俺は何もっっっ」 動揺しきっている聖を横目に、青年は軽く溜め息をつくと真正面から向き直った。 「〈龍の皇子〉がこっちの世界に現れたってんで、向こうじゃ結構大騒ぎなんだ。ルアウォールの復活に勤しんでた奴等が、あんたらを血眼になって探してる」 青年の透き通るような碧色の瞳に射ぬかれ、聖は視線をそらせない。 「‥‥‥‥‥‥‥だ‥‥から、‥‥何で‥俺を‥……」 そう口にしてから、聖は表情をゆがめた。何も知らずにいる方が…確かめずにいる方がいい。本当はどうしてかなんて知りたくはないのだ。ただ、〈普通〉に日常を送っていたいのに・・・。 「聖がロイと同じ魂を持ってるから」 聖の変化をどう取ったのか、青年は端的に答える。 「ロイはお前の前世だろ?」 言葉に聖は瞳を伏せ、奥歯をきつく噛みしめた。 否定しようと思えば出来るけれど……小さい頃から見続けてきたロイの夢と、目の前に現れたこの青年の存在だけで、言葉を真実と受け止めるのに聖には充分だった。 「それで…オレの質問にも答えて欲しいんだけど?」 掛けられた声に、聖は視線を合わせないまま、苦しげに…言葉を紡ぐ。 「・………俺‥は‥‥‥関わるつもり、ないから‥・・・」 言いながら青年に背を向けた聖は、目の前に広がる景色に表情をゆがめた。 公園の外の景色が無い。ただの〈結界〉ではなく…もっと強力な結界、完璧な異空間に閉じ込められていることに気付かされる。 「そうも言ってられないと思うけど…。鳳凰が捕まったから今時空に穴空きっぱなしだし」 まるで人事というう風にさらりと言った言葉の、その内容に聖は振り返る。 「…………‥‥鳳凰‥が‥‥‥」 ロイの記憶をランダムに、しかも途中までしか夢として見ていない聖は、〈鳳凰〉という単語を記憶の中で必死に辿る。 (確か…〈全ての時空を司る神〉とかなんとか‥‥) ……しかし言い伝え以外に鳳凰の存在は知らない。 「こっちの人間て魔法力とかないのなぁ〜。さぞ簡単に落とされるだろうねぇ」 嘲笑うような声音に、聖は青年を睨み返した。 確かにこの世界には…少なくとも聖の知る限りでは、〈魔法〉などはゲームの世界だけの話なのだ。実際にあの世界と繋がってしまっているというなら、この世界は簡単に攻め落とされてしまうことは容易に想像できる。 〈自分が持つ力〉はまた別のものだし……… 「そんなことより、オレが知りたいのは聖が何でオレを知ってるかってことなんだけど…」 「…………………知らない」 視線を外そうとした聖に、青年は射るような瞳で見つめ返し、一歩近づいた。 「じゃあロイは?何で〈聖〉が〈ロイ〉を知っていた?」 質問に、聖は黙り込む。 聖のかたくなな態度に、青年はムッとしたように冷めた視線を投げかけ…やがて、口元に笑みを浮かべた。 「……………。強情なヤツって、割と好きだけど…無謀なヤツは嫌いなんだよねぇ〜」 言葉が終わらないうちに、青年の碧色の瞳が一瞬だけ違う輝きを放った。 (っっ!やばっ‥‥) 咄嗟に視線を外した聖は、しかし碧色の瞳が焼きついたように頭から離れなくなり…思考の中へと進入してくる。 「別にそんな隠すことでもないんだろ?」 全ての思考がシャットダウンされ…青年の声だけが心地良さを伴って頭の中へと直接響いてくる。 〈心理誘導〉………聖の持つ〈ロイの記憶〉が、この青年の最も得意とする魔法だったことを教える。 「……‥‥や‥めろ‥‥っっ」 抵抗しようとする頭に激痛が走り、聖は頭を抱え込むようにして数歩後退さった。 「ねぇ…なんでオレのコト知ってたの?」 青年の声によって聖の思考を霧が包み込み、抵抗が薄れると同時に緩やかに痛みが引いていく。 「‥‥‥ん‥なのっ‥‥‥‥‥」 確かに、言ってはいけない理由は何処にもない。ただ、自分が認めたくないだけで………。 しかし、青年へとゆだねようとすると、今まで見てきたロイの夢が聖の意識を呼び戻す。 途端に激しい頭痛に縛られる。 「……‥‥‥痛っ‥‥‥てぇ‥」 抵抗を続ける聖へ、青年は冷めた視線を投げる。 「力を持たないあんたが抵抗するだけ無駄だって、分かんないかなぁ」 「っせーなあっ!!」 そんなことは聖自身分かっていた。それでも抵抗をやめようとしないのは、自分ではなく〈ロイ〉の意志……。 しかし、〈ロイ〉の存在が明確になればなるほど、聖にとってそれは苦痛へと変わっていった。 今まで見てきたロイの夢が、彼の人生のどれだけを占めているのかなんて分からないけれど…〈一般人〉として生まれ育った聖にとって、ロイの過酷な人生は悪夢でしかない。 「っから‥‥ロイなんて、キライなんだ‥………」 苦痛に表情をゆがめながら漏らした一言に、青年は眉根を寄せる。 「…………どういう意味だ?」 「知るかっっ」 青年の言葉に聖は投げやりに答える。ただ、収まらない激しい頭痛を必死に堪える以外何も出来ない。 聖の態度に苛立ちを覚えた青年が力を強めようとし、しかしそれより数瞬早く聖に変化が現れたことに気付く。 (………力が) 今まで聖からは全く感じることのなかった魔法力が聖を囲み込み、彼の周りが陽炎のように揺らぎ始める。 (あまり刺激すると〈覚醒〉を早めるか……) 青年は深く溜め息をつくと、聖を包んでいた力を解放した。 急に圧力がなくなり聖はよろけて入り口の策へと寄りかかる。 いつのまにか公園の入り口まで下がっていたらしく、しかしその先は青年の張った結界によって閉ざされていた。 これではこの場を逃れることすら出来ない。 (………‥‥いちかばちか、やってみるか) 青年の様子をうかがいながら、聖は意識を集中し始める。 「大体さぁ、聖より他のヤツの方がヤバイと思うけど…分かってる?」 「……………他の奴?」 青年の言葉を確認するように繰り返し、直後、聖は全身から血の気が引くのを感じた。 〈龍の皇子〉と呼ばれた者たちは、ロイを含め六人居たはずで…自分がロイの生まれ変わりと言うのが本当ならば、多分他の仲間たちも転生しているのだろう。 その〈仲間〉に聖は心当たりがあった。 「〈聖龍王〉には泉の場所を聞きたがってる奴が沢山いるけど、他の龍王は単なる邪魔者だし。〈覚醒〉する前に始末つけたがると思うぜ」 言葉に聖は青年をきつく睨み返し、しかし…次の瞬間動揺に包まれたのは青年の方だった。 「なにっ!」 自ら作った結界の中に完全に閉じ込めたはずの聖の姿が、忽然と消えていたのだ。 (力が?‥‥いや、違う。まだ覚醒していないはずだ………) まして、結界を破られる時の空間のゆがみも感じられなかった。 ただ聖の姿と…そして気配が消えたのだ。 「‥‥‥‥………どういうことだ?」 青年は呟くと、姿を〈人間〉へと変え結界を解除した。 「今度の聖龍王も一筋縄じゃいかないか、こりゃ…」 独りごちながら参ったという風に軽く両手を上げて、青年は公園を後にした。 |
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