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◇◇◇◇◇



少し強めの風が流れ、人々が顔をかばうやら荷物を抱え込むやらする中、聖はその風に乗るようにして向けられた、とある視線に気づく。
昔から第六感が強いというのか、こういったことには敏感だった。
(………なんだ?)
風に舞った塵が目に入らないように瞳を細めながら、送られてくる視線の先へと聖は目を配り、相手を認めた瞬間…凍りついた。
(……‥な‥‥‥・・に・?・・・・・・)
背中を冷たいものが流れる。
知らないはずの…いるはずのない顔。
相手の男は聖と視線が合うと、少し驚いたように表情を崩し、それから意味ありげに微笑んで見せた。
――――――今朝見たばかりの…いや、幼い頃からずっと見てきたあの夢の………住人。
考えるよりも先に本能が反応する…そんな感覚。暴れだす鼓動と全身から血の気の引く感覚に、聖は視線を外せないまま、よろけるように後退る。
「……………聖?」
すぐ後ろにいた透夜にぶつかり、透夜から不思議そうに声がかかる。
透夜の声に聖は我に返ると、動揺しきった顔をみられないように俯く。
「わり、俺先帰るわ」
背を向けたまま利き手である左手だけをひらひらとさせると聖は歩き出そうとし、しかしその場を離れるすんでのところで透夜に腕をつかまれる。
「あのな、分からないと思うか?この透夜くんが…」
言葉に聖は透夜の顔色をうかがうように、恐る恐る振り返った。
案の定、明るい口調とはアンバランスなほど目が笑ってない。
「わぁお!今日はまた一段とすっげー顔色だこと♪」
言って透夜はにっこり笑いながら…聖の頭を思い切りはたいた。
「とゆーわけでっ!折角のお誘いなんですけど、こいつ具合悪いみたいだし…今日はやめときますね」
くるっと振り向き、先程の女性たちにごめんねぇなどと言いながら、なぜか聖の頭を下げさせたりする。
「ここらへんはよく来るんで、また見かけたら声かけてやって下さい♪その時は遊びましょうね〜」
笑顔でそう言うと、透夜は聖を抱えるようにして駅ビルへと駆け込んだ。






エレベータ脇に見つけたベンチに聖を座らせると、透夜は聖の顔を覗き込むようにして見る。
「で、何があったよ?」
「ごめん、なんでもない。平気………」
聖はばつが悪そうに視線を外すと、目元を抑えるようにして視界を覆う。
「平気、ねぇ…」
透夜は呆れ返ったような声を上げると、溜め息をついた。
聖が意地を張るのはいつものことだし、今更何を言うつもりもないのだけれど…せめてもう少し自覚をして欲しい。
「そんなんじゃ、明日からの部活に差し支えあるんじゃねぇの」
言いながら透夜も聖の横に座る。
「平気だってばっ!」
強い口調で否定してみるものの、聖は透夜との視線を合わせようとしない。
「あそ。じゃ、そのまま裕乃ちゃんトコ帰ってみ」
「……………………」
現在唯一一緒に暮らしている家族、妹の名を口にされて、聖は再び黙り込んだ。
「別に言いたくないなら聞かんけどさ、最近の聖…情緒不安定なこと多いじゃん。まぁた何か独りで溜め込んでんのかと思っただけ」
「……………そんな風に見えた?」
言いながら、聖はようやく透夜の方へ向き直った。困ったような表情を浮かべている。
「あーあ、見えた見えた!ったく、何年つきあってっと思ってんの?透夜くんをなめんじゃないっての」
ばーかばーかなどと繰り返す透夜をよそに、聖は口元に小さく笑みを浮かべた。
「…………………さんきゅ」
嬉しそうに言う聖に透夜は引きつった笑みを浮かべると、聖の頬を思い切り引っ張った。
「だーからぁー!そーゆー言葉だけで満足してんなっていってんだよっっ」
「………とぉや・・・いひゃい・・・・・・・・・」
「うっさい!決めた。お前今日うち泊まりな。いいかげんほっとけんわ」



◆◆◆◆◆



地下へと続く薄暗い階段を、ロイはもうずいぶんと長いこと駆け下りていた。まだ4歳の彼の足ではかなりの道のりを、それでもその先に待っている相手のことを思うと、ロイは自然と笑みを浮かべていた。
数日前に見つけたこの場所が、今の彼には大切な場所になっている。
最下段を降りると、ロイは突き当たりの壁の一部分だけ材質の違う場所を軽くたたいた。
「……レイス?」
緊張しながらそう声をかけると、目の前の壁がゆっくりと開く。壁…とは言っても、実際正面から見ればそれは立派な棚なのだ。
「……毎日毎日、よく来るな」
向こう側にあった部屋が完全に見て取れるようになると、そこに立っていた相手から半ば呆れたような声が返る。
「メイワクですか?」
普通の大人と比べても長身のレイスを、子供であるロイは首が痛くなるほどの角度で見上げながら不安そうに尋ねた。
「いや、別に・・・・・・・・・・」
返事にロイは満面の笑みを浮かべると、部屋の中へと入った。結界の中に入った時の一瞬の違和感が身体をすり抜ける。
「見つかっても知らないぞ」
言いながら、レイスはロイを自分の肩へと抱き上げた。
「うん」
城の最下階の一室…この城で暮らすほとんどの人間が知ることすらない場所。ここに張られた強力な結界の中で、レイスは閉じ込められていた。
囚人である。
この城の第一王子であるロイが、囚人であるレイスのところへ毎日のように通っているなど、城の者に知れたらそれこそ一大事であろう。
彼を閉じ込めている強力な結界は、レイスに直に植え付けられた魔方陣により生成されている為、ロイにしてみれば出入りが自由らしい。
「また、誰かにいじめられたか?」
低く、無機質とも思えるレイスの声に、ロイは安らぎを感じていた。自分を聖龍の皇子としてでも、王族の人間としてでもなく、一人の人間として見てくれた、初めての相手……。
言葉に、ロイは小さく首を振った。
「今日は…お客さまが来ただけ」
只の子供として自分の感情を素直に出すことも、弱音を吐くことも…レイスの前でだけは許された。
ロイの声のトーンが下がったのを聞き、レイスは何も言わずに彼の頭を軽くなでた。
壁際に腰をおろし、ロイをその隣りへと降ろす。
「ガキはガキらしくしてりゃいい」
預言者たちの間で語り継がれてきた伝説の勇者〈龍の皇子〉とされて生まれ…けれど、現実にはロイには魔法の才能が無いに等しかった。
まだ4歳といえど周囲の落胆の色は濃く、子供ながらの感受性の強さは今のロイを追い詰めるに過ぎなかった。
「レイは・・・・子供の頃、どうだったの?」
ロイの何気ない一言に、レイスは昔を思い出すように瞳を細めたが、やがて小さく肩で息をした。
「……………そんな古い話、忘れたな」



◇◇◇◇◇



結局家まで透夜に送ってもらい、泊まりに行く約束までを取り付けられて、聖は複雑な気持ちのまま家の中へと入った。
透夜の心配性は今に始まったことではないのだけれど、いつもながら透夜の好意に甘えている自分に呆れざるを得ない。
(幼馴染離れできてないなぁ…俺)
聖の父親と透夜の父親は学生時代から仲の良かったらしく、住んでいる家も近いせいもあって、透夜とは1歳にも満たない頃からほとんど一緒に過ごしている。だから、透夜とはほとんど兄弟のような感覚なのだと思う。
現在は聖の両親と姉が大阪に住んでいる為、透夜の両親が今の聖たちの保護者代わりになってもらっているし…。
そんな状況のため、聖が透夜の家に泊まりに行くことなど珍しくもなく、裕乃(ゆの)も家に一人でいるよりはと大概一緒に泊まりに行くというのがいつものパターンだ。
今日もそうした方が良いだろうと、聖は裕乃が居るだろう居間へと足を運んだ。
「裕乃、今日さぁ……」
ドアを開けながらそう言いかけ、しかし視界に入ってきた光景に聖は目を見開いた。
「あ、お帰りー」
居間のソファーに裕乃ともう一人、見知らぬ男性が座っている。黒髪で小柄な感じの………制服からして、裕乃の学校の人間なのだろうという想像はついたが、問題はそこではなかった。
男性の〈気配〉が街角で会ったあの男とダブる。
「裕乃………誰、こいつ…」
「あー、うーんと、隣りのクラスの佐々木君。聖のバスケのファンでね、前から会わせて欲しいって言われてたんだけど…」
裕乃の何事もないような会話は、しかし聖の耳には届いていなかった。
佐々木と呼ばれたその男を凝視したままでいた聖は、申し訳なさそうに頭を下げる彼の仕草に、全身に鳥肌が立つのを感じた。
先ほど街角で会った時と同じ…本能が警告を知らせる。
どこからどう見ても街角で会ったあの派手な男とは違う…純日本人で、控えめな印象を与える中学生。
けれど、気配を感じ…不安は確かな確信へと変わる。
「ちょっと来いっっ」
裕乃の目を気にして、けれど初対面にしては乱暴と思われるほど強引に、聖は佐々木の腕をつかむと、居間を出た。






「あ、あのっ、ご迷惑でしたか?」
聖の態度におびえきった表情を浮かべる佐々木に、けれど聖の中にある確信は揺らぐことはない。
「………裕乃に手ぇ出してみろ。ぶっ殺してやる」
ようやく腕を放すと、聖は佐々木を正面から睨みつけた。
「えっ……や、やだなぁっっ、僕は聖さんのファンで………。妹思いなんですね」
どういった意味でとったのか、佐々木はそう答えたのだけれど、聖はその答えを聞かなかった。
「……………化けやがって」
低く…つぶやくように口にした言葉に、佐々木の表情が一瞬止まる。
それからわずかに間をあけた後、佐々木は今までのしぐさが嘘のように、冷ややかな笑みを浮かべた。
「へぇ〜………やっぱり分かるんだ」
返って来た言葉に、聖は背筋が凍るのが分かった。
そう…自分は〈分かった〉のだ。でも、どうして?
二人の間に沈黙が訪れた頃、居間のドアが開かれた。途端に佐々木の表情から先程までの冷酷さが消える。
「あの、聖?どうかしたの?」
いつもと違う聖に驚いたのか、裕乃は申し訳なさそうに小さくそう声をかけた。
裕乃の言葉に、聖は表情を隠すように顔を背ける。妹に心配を掛けたくないという思いはあったが、とても冷静になれそうにはなかった。
そんな聖の態度をまるで関係ないとでも言うように、佐々木は嬉しそうに笑う。
「聖さんが外でプレイしてくれるって。滝本さん、ありがとうね」
「あ、う、うん……」
佐々木が言うのを、裕乃は何処か納得がいかない風に見つめ返す。
聖もあえて反論はしなかった…何より、これ以上彼に家の中に居て欲しくない。
「じゃ、行きましょうか?」
にっこりと笑顔を向ける佐々木に、聖は表情を押し殺すようにして頷いた。
先に外へと出て行った佐々木に続いて、聖も靴を履くと玄関のドアに手をかけた。
「………聖?」
後ろから心配そうに声をかけてくる裕乃に、聖はどうにか笑顔を作って振り返った。
「今日透夜んトコ泊まるからさ、裕乃先行っといて。俺も後から行くから」
「?うん」
「じゃ、行ってきます」

 
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