<< top novel >>
<< back next >>


―――――子どもの頃から・・・・・・・・…繰り返し見ていた夢。
現実だなんて考えたこともなかったけど。



それはあまりにも〈出来過ぎた〉世界…………………・

 
〔T〕


初夏。暑くなり始めた外気に、駅を中心とした繁華街の店々は気が早いとも言えるだろう冷房をかけている。気分はすっかり夏休みである。






「CDも買ったしぃ、バッシュも買ったしぃ………あとどっか寄るトコあんの?」
今日の予定をあれこれと数えていた透夜(とうや)は、目の前に座ってチキンタツタをほおばっている聖(ひじり)に声をかけた。
「んー……べひゅになんも………………」
言ってから、聖はコーラで一気に口の中のものを胃袋まで流し込む。
「まっ、どーせ明日から試験休みで暇だし、なんかあってもまた来りゃいっか」
すでに食べ終わってしまった透夜が、紙ナプキンで遊びながらそんなことを言うのを、聖はキッと睨み付けた。
「明日から部活だっつのっっっ!!!大会近いのに呑気なこと言ってんじゃねーよ」
「…………。ただでさえ釣り目で迫力あんだから、睨まないでくんない?」
もともときれいな顔立ちだとは思うのだけれど、なんせ三白眼で無愛想で無表情とくる。もう少し愛想良くしてればもてるのに、などと聖を前にしながら透夜は考える。
(どうしてこうも性格が違うこいつと幼馴なじみなんてやってんだろ?)
まぁそんなこと考えたところで、理由ははっきりしているのだ。
「うっせーなっ!透夜だって副部長なんだかんなっっ」
「はーいはいはい。とんだ失言でした、部長様々」
触らぬ神に崇りなしとばかりに、透夜は素直に謝って見せた。とはいっても、聖に見つからないように舌をぺろっと出してはいたが…。
「で、これからどうするよ?」
「もちろん帰ってバスケやるっ!」
未だ不機嫌さを残しつつ、聖はぶっきらぼうに…しかしきっぱりと言って見せた。
「っっっっはあぁぁぁーーー。おまえのバスケ馬鹿に付き合うのも大変だぁねぇ」
わざとらしく大きく溜め息をつく透夜の頭を一発殴ってから、聖は席を立った。後ろで一つに結んでいた腰まである黒髪が、一瞬にして人目を引く。最近は男の長髪も見慣れたとはいえ、ここまでの長さは珍しいのではないだろうか。
「あぁーっっ、もう!わあった!わあったから怒んなってばぁ〜」
透夜は情けない声で言いながら慌てて席を立ったが、聖は無視してさっさと歩き出す。
「聖ってばよっ!!」
店の外に出た聖に追いつくと、透夜は肩に手を回しながら顔を覗き込んだ。
(あらららら………)
聖の表情を目の当たりにした瞬間、透夜は心の内で思う。
「別に……………無理して付き合ってくれなんて言ってないケド」
どうやら怒ったのではなく拗ねたらしい。これじゃまるで子供だと思いながら、そんな外見に似合わず素直なところが結構可愛かったりして。
「っもーおっ!ひーちゃんたらかっわいーんだからぁ♪」
透夜は聖の頭を抱き寄せると髪がくしゃくしゃになるくらい大げさに頭をなでた。
「だあぁぁっっ!やめんかっ!離せ馬鹿っっ」
店の真ん前で騒ぐことが迷惑でないかどうかは、まあ、おいておくことにして…






駅前の広場。
平日の昼間でも人が絶えることがない場所で、ひときわ人目を引くその青年は、もうずいぶんと長い時間そこにいた。
「み〜つっけた♪」
誰に話すわけでもなくそう言うと、青年はブロンドの髪をかきあげてサングラスを外す。
(オレが一番かな♪ま、当然ですがね)
口元に笑みを浮かべながら立ち上がると、いっそう人通りの多い方へと歩き出す。
視線の先にわずかに見え隠れするその相手の<顔>を確認すると、青年は眉根を寄せた。
(ふーん………ずいぶん似てるじゃん)
今まで上機嫌だった彼の顔から表情が消える。
(いーけどさ、別に)
遠い昔の話……頭ではそう認識していても、まるで昨日のことのように思い出される。
彼の望みは果たして本当に叶うことができたのだろうか…などと、いくら考えてみても答えは出ないまま………。
思い出して、青年は小さく溜め息をつく。
(オレもつくづく阿呆だな)
今更後悔などはしないけれど、さすがに目の前に現れると………
側へ行こうとしていた歩みを止め、駅ビルの入り口付近の壁際へと向かうと、そこへ寄りかかるようにして背を預ける。
青年はそのまま考え込むようなしぐさをしながら、けれど視線は<彼>へと向けていた。
(〈覚醒〉……前か)






「あのー、すいませぇん」
「はいはい?」
見知らぬ女性からかけられた声に、透夜は笑顔で振り返った。
「今何時ですかぁ?」
あからさまな猫なで声に、聖は透夜に任せることに決め込む。
見知らぬ女性からのこういった接触が、今日はこれで3度目。理由ははっきりしている。見るからに美形でしかも人当たりの良い幼馴なじみのせいである。
これだけもてているにもかかわらず、未だに彼女の一人もいないというのも変な話だ。
「今から映画に行くんですけどぉ、良かったらご一緒しませんかぁ?」
こぼれてきた会話を耳にして、聖はいかにもつまらなそうに顔をしかめた。
(………ワンパターンな女)
不機嫌さが更に上がる聖を背面に追いやって、透夜は楽しげに会話を続けた。
「へぇー、何見に行くんですか?」
楽しそうに会話している透夜を横目に、聖は飽きたという風に伸びをする。
(あーあぁ、はやくバスケしてーなー)



◆◆◆◆◆



ゆっくりと瞳を開いた先に見知らぬ天井が広がっていた。
背中にあたる心地よいクッションの感覚に、ベッドの上に寝かされていたらしいことを知る。
「あ、気ぃ付いた?」
聞きなれぬ声に急激に意識が戻り飛び起きると、しかし目眩を起こして視界の半分ほどが再び闇に覆われる。身体がだるい。
頭を抑えるように当てた手の…手首にくっきりと残った跡が視界に入り、唇をきつく噛んだ。
先刻までの忌々しい記憶が甦る。〈味方〉から裏切り者が出たところで、別に驚くものでもないけれど・・・今更そんなことで捕らえられたかと思うと、自分の未熟さが腹立たしかった。
「おいおい、無理すんなって…体力残ってないだろうに」
再びかけられた言葉とともに、身体を支えようと差し伸べられた腕を思い切りはじく。
透き通るような碧色の瞳と、高く通る声と、そして魔族の証である短く尖った耳・・・・彼には見覚えがあった。
「……………ここはどこだ」
宿敵ルアウォールの元側近、およびその子息レイスの教育者兼側近。名前は確か…アクシアルといったか‥‥‥。
警戒心を剥き出しにして睨みつけると、初めて交えた視線の先で、アクシアルは嬉しそうににっこりと笑った。
「オレんち♪」
内装を見てみても、確かに普通の家と変わるものは特に見当たらない。1階らしいこの部屋はリビングとキッチンとが数段の階段を挟んだ位置にあった。ドアはリビングに一つ、あとは庭へ続くらしいガラス戸がベッドのすぐ脇に見て取れる。
早く仲間の元へと戻りたいという思いがあったが、今の体調と相手の実力、そしてなにより建物全体を覆っているらしい結界の強力さを思うと、考えるだけ無駄だという結論に達する。
「んな怖い顔すんなってぇ。折角助けてやったのにさ」
わざとらしくおちゃらけた声を上げるアクシアルに、しかし警戒を解くことはしない。
「オレが助けてなかったら、今頃あんた犯られてんぜ?聖龍王様」
皮肉げに笑みを浮かべるアクシアルに、聖龍王…ロイは冷めた視線を投げかけた。
「あんたに助けられるよりはましだったかもな」
ロイの変わらぬ態度に、アクシアルはポリポリと頭をかく。
「そりゃまあ、聖龍王の身分としてはうちのご主人トコに連れてかれたらたまらんわな」
まるで自分は第三者とでも言うような口ぶりで言うと、ロイへと近づいた。
咄嗟にその場を離れたロイは、しかし体力魔法力とも使い切っていた為、立ち眩んで背後の壁に背を預ける。
「はいそこまで〜」
その場に不釣り合いなほど呑気なアクシアルの声が、すぐ耳元で響いたかと思うと、ロイが振り向くよりも早くアクシアルは彼の身体を抱き上げていた。
「なっ、おっ、降ろせっっ!!」
「まーまー、警戒すんのは分かっけどさぁー、そんなピリピリされたら話も何も出来んだろ」
暴れるロイを全く無視して、アクシアルは家の中を移動していく。
「別に〈仕事〉で助けた訳じゃないんだけど…つっても、信じてくれない?」
顔色をうかがうようにアクシアルは視線だけをロイへと向けると、怒りをあらわにしたダークブルーの瞳とぶつかる。
「3ヶ月も監視しておいて、よく言う」
一段と低い声音で答えたロイの言葉に、アクシアルの目つきが変わった。
「……………。‥‥‥へぇ〜、気付いてたんだ。上手く隠せてると思ったんだけどなぁ」
言いながら、アクシアルはまるで面白がるように笑みを浮かべる。
「また腕上がったんじゃないか?」
こちらの話をまるで聞こうとしないアクシアルの態度に、ロイは苛立たしげに怒鳴った。
「お前と話をするつもりはないっ!私は降ろせと言っているのだ」
「とか言って、一人で立てないくせに」
「お前には関係ないっっ!!」
かたくななロイの態度に、アクシアルは口元だけで笑って見せた。
「はいはい、じゃ降ろしましょーかねぇ〜」
言いながら目の前のドアを大げさに開くと、アクシアルは両手で抱えていたロイの身体をそのまま放り込んだ。
「っっ!!!」
一瞬にして視界いっぱいに水が広がり、突然のことに思い切りそれを飲み込んでしまったロイは、慌てて水面へと顔を出すと、大袈裟なほどむせ返った。
「……‥‥‥‥くっくっくっくっくっ」
ようやくまともに呼吸が出来るようになると、入り口の隅にしゃがみこんで必死に笑いをこらえているらしいアクシアルの声が聞こえてくる。
「アクシアルっっっっ!!!」
完全にからかわれていることを自覚し、ロイは今までとは全く違った意味の頭痛をおぼえた。
「ま、冷静に話が出来るようになったら出て来て。うちの風呂天然温泉で結構広いし、好きに使っていーからさ」
言われてみれば、確かに今使っている水はずいぶんと温かい。
しかし、個人の家にしてはやたらと広い浴槽は、どこかの立派な宿泊施設のそれかと思うほどだ。
「それからこれ」
言いながら、コイン等を入れるのに使われる小さな袋を放られ、ロイは咄嗟にそれを受け取った。
「ついでに取り返しといたから」
開けてみると、捕らえられた時に取り上げられていた指輪や守護石などの小物が一通り入っている。これがあれば魔法力の補充も可能なのだけれど、アクシアルがそれに気付かないはずもないのだが…。
「…………………」
「んじゃ、ごゆっくりぃ〜」
ひらひらと手を振りドアを閉めると、アクシアルの気配が離れていくのが分かる。
「………………。何を考えている?」
アクシアルの行動の意図が読めず、ロイは彼の消えたドアを見つめながら、ひとりごちた。

 
<< back next >>
<< top novel >>