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ようやく仲間の元へと追いついたロイは、視界に入って来た状況に、声をかけるまもなく自分の剣を抜くと、トーヤの前へと割って入った。 高い金属音を響かせ、レイスの剣を交わす。 普段表情をのせることのないレイスの瞳が、わずかに揺れる。 「…………ロイか」 「……ロイ」 庇われる体勢になったトーヤは、ロイの後姿を複雑な気持ちで見つめる。 交わった剣を弾くと、数歩下がった。 「ロイっ!トーヤっ!」 途端に仲間たちが駆け寄ってくる。5人全てがそろっていることを確認し、ロイは内心安堵する。 「皆には勝手な行動は取るなと言っておいたはずだっ」 しかしロイは背後にいる仲間へ振り向きもせず粗くそう言い放ち、辺りの気配へ意識を集中させる。 (あの男の姿がない。間に合ったか……) 「でもっ!ロイだってあの場所にいたらっっ」 言葉に反論するように声を上げたクリフへと、ロイは視線だけを向ける。 「目先のことだけで行動するなと言っているんだ。王族に手を出せばどういうことになるか、分からないわけはないだろう」 ロイたちのやり取を冷めた瞳で眺めていたレイスは、自分の剣を鞘へと収めると、軽い嘲笑を浮かべた。 「お前も相変わらずガキの子守りか…大変だな」 言葉にロイはレイスへと向き直り、自身の剣も鞘に収めながら、緊張を崩さないままに皮肉交じりに笑ってみせる。 「同情してくれるなら、少しは静かにしていて欲しいんだけど」 と、辺りの気配にかすかな空気の乱れを感じ取る。 (来る!!) 直感でそう感じ取ったロイは、魔法力を一気に高めると仲間を包むように強力な結界を張り巡らせた。 「…ロイ様?」 不思議そうにそう声をかけたのはサーラであったが、実際その場にいた全員がロイの行動に対して疑問を感じていた。 ロイ以外に彼の気配に気付くものがいないのだ………それだけ彼の力が桁はずれているということになる。 一瞬の沈黙の後、辺りを閃光がが走り、直後聴覚をつぶす程の爆音が辺りに響きわたった。 何十にも重ねて張ったはずの、その結界のほとんどを粉々に砕かれて、空気の震えはその場にいた全員の身体へと浸透していた。 「あ〜あぁ、気付かれちゃったぁ」 緊張した空気が流れる中、その場にそぐわない明るい声が振ってくる。 巻き起こった土埃から身をかばうようにして、ロイは目元を腕で覆うようにしながら、上空に現れた気配の主へと視線を走らせた。 上空でレイスを抱きかかえるようにしながら、楽しそうに笑みを浮かべているのはアクシアルだった。 「随分と派手な登場だな…アル」 溜め息混じりにレイスが言うのを、アクシアルは口元に笑みを乗せながら…しかし瞳には確かな怒りを表す。 「王子に怪我をさせた馬鹿がいるみたいだからね」 言いながらアクシアルはゆっくりと下降すると、レイスを地上へ降ろす。 アクシアルの言葉に、レイスは苦笑する。レイスからしてみれば、子供相手にしているようなもので、たった一度攻撃呪文をまともに受けただけないのだし、怪我と呼べるものではなかった。 「……………かすり傷だが」 「王子の血を流させる行為が愚かだって言ってんのさ」 言いながら、アクシアルはこちらへと向き直ると、真っ直ぐにロイへと視線を向けた。 「用があるのはあんたじゃないんだ。退いてくれない?そこ…」 軽い口調ではあったが、瞳には明らかに嘲りの色を見せる。 しかし、それはロイ自身意味を理解していた。レイス相手ならまだしもアクシアルが相手では実力に差があり過ぎる。 「断る」 しかし、だからといってアクシアルの言葉を受け入れるわけにはいかなかった。 多少なりともアクシアルとまともに戦える可能性があるのはロイだけだということが分かっていた。だから彼よりも先に皆へ追いつく必要があったのだ。 「…………面倒なヤツに先越されたなぁ‥‥」 ロイの返答に、あからさまに嫌そうな顔を見せる。 「………誰?あいつ‥‥」 ロイの邪魔にならないよう気を使いながら背後からトーヤが声をかける。 「レイスの側近…かつてはルアウォールの側近だった男だ。事実上、現在のNo.2はあの男だ」 ロイはアクシアルから注意をそらさないまま、他の仲間にも聞こえるように自分の知っている知識を話した。 「じゃまぁ、仕方ないね。力ずくで退かしますか」 そう言い終わらないうちに、アクシアルは手のひらの上に光の球を作り始め、皆がアクシアルの攻撃に備え身構える。 「だめだっ!下がっていろっ」 叫ぶようにロイは言うと、強力な結界を張って強引に仲間を閉じ込めた。 「そんな余裕ないだろ〜がぁ♪」 アクシアルの声と同時に投げられた光球を、ロイが構え直した剣で受け止めると、辺りに激しい電光が散る。 「‥‥‥くっ」 ロイが光球を消滅させるのとほとんど同時に、アクシアルは新たな光球を作り出し、ロイを避けて直接背後の結界へと放った。 「聖龍神に忠誠を誓いし〈炎〉〈風〉〈水〉〈地〉〈雷〉を司るドラゴン達へ、皇子の名において命じる。眠りより目覚め己が主を全力で守護せよ!以後我の命令以外受け入れることを禁じる」 ロイは口早に呪文を唱え、言葉に共鳴するようにロイの額を飾っていた石が輝くと、アクシアルの放った光球を追うようにして、光が結界の中へと吸い込まれていく。 直後破られた結界の中から、五人を守るようにして現れた新たな人影に、アクシアルは口笛を鳴らす。 「自分のドラゴン以外も召喚できるんだ〜」 感心するように言うアクシアルに、ロイは恨みがましく睨みつけながら、間を置かず切りかかる。 ロイの剣を身軽にかわし、アクシアルは自分も剣を抜いた。 「あんな奴らがそんなに大事?」 嘲笑をのせたアクシアルの言葉に、ロイは構わず再び切りかかった。 しかし、ロイの剣はアクシアルのそれによって軽快な金属音を立てながら、何度となく交わり弾かれる。 ロイの剣をアクシアルが後ろへ飛んでかわすのを、ロイは剣の先端に炎球を作り出し追いかけるように投げつける。 アクシアルは軽く舌打ち、面倒くさげに炎球を弾き返す。すかさず降りかかってきた剣をギリギリまで引き寄せ、自分のそれで受け止めた。 「あんたが本気出すの初めて見るなぁ、聖龍王」 「お前と戦うこと自体初めてだよ」 この場に不似合いなほど楽しげな声を上げるアクシアルに、ロイはそっけなく答える。 「そういう意味じゃなくってさぁ〜♪認めてくれてんだ、オレのこと〜」 「よく言う」 言ってアクシアルの剣を弾き返すと、小さく息をつく。 「そっちこそ、子供相手にもう少し手加減してくれるかと期待したけどね」 ロイの言葉にアクシアルは喉で笑う。 「聖龍王は十五だったけか〜‥…まだまだ伸びるね。もったいないかなぁ、殺しちゃうの」 上機嫌に笑いながら、アクシアルは剣を構え直した。 「どうする?あいつら引き渡してくれたら見逃してやるよ?」 分かりきった質問を、しかしアクシアルは再度繰り返す。次は本気を出す…そう言葉に含んで………。 ロイは緊張した面持ちで身構えると、きっぱりと告げた。 「何度聞いても同じだ。断る」 「あいつらに聖龍王の命と引き換えにする程の価値があるとは思えんけどね」 予想していた通りのロイの答えに、アクシアルの表情から冗談めいたものが消える。 「それとも…王子が止めに入ることも計算済みか?ロイ」 独り言のように呟くと、アクシアルはロイへと切りかかった。 「‥‥っ‥く‥‥‥」 受け止めた剣の重さに、ロイは表情をゆがめる。 「そういやあ、聖龍王にはうちの王子が随分世話になってたんだっけぇ?」 言いながらロイの剣を簡単に弾き返し、後ろへ飛んで避けるロイを追いかける。 「あんたが王子に出会ってくれなきゃ、あの人いつまで経ってもあそこから出てきてくれなかったもんなぁ〜」 アクシアルの挑発にロイはカッとなり、怒鳴り返す。 「黙れっっ」 何度目かに交えた剣をアクシアルが大きく弾くと、ロイの剣が宙を舞った。すかさず切りかかるアクシアルから、ロイは咄嗟に身をかわし…激痛の走った左腕を抑えた。 しかし、ロイが着地するのを待っていたかのように、アクシアルの放った光球がロイを捕らえ、ロイを中心に方陣を描くと魔法力を封じてしまった。 「涙流して感謝するよ」 言葉とは裏腹に、アクシアルの瞳には憎悪の色が混じる。 魔法力を封じられては傷の止血すら出来ない。ロイは苦痛に表情をゆがめ、身動きの取れないままアクシアルを睨み返した。 遠くで仲間の声が聞こえる…先程の場所からだいぶ移動していたが、アクシアルから仲間を逃がすには距離が足りない。ロイは内心舌打ちをした。 「さて、どうするか……ああ、聖龍王には利用価値があったっけ」 正面から向き直ったアクシアルの視線を、ロイは警戒したまま受け止める。 「〈永遠の泉〉の伝説って本当なのかなぁ」 もう随分と聞きなれた言葉に、ロイは表情を消す。 「……………お前がそんなことに興味があるとは思わなかったな」 「べっつにぃ〜。オレは興味ないけど世間的にさぁ、高く売れる情報だろ?」 言いながら…アクシアルの碧色の瞳がわずかな瞬間違う光を放った。全く違和感のないまま…ロイが、意識の中に侵入されたことに気付くのには、少しの時間を要した。 「…………‥‥‥っ‥」 今までこういった心理誘導系の魔法にまともに掛かったことなどなかった。それだけの自信はあったのだ…全身から力が抜け、ロイは表情を歪めながら片膝をつく。 意識を奮い起こそうとするのに………視界が暗くなる。 「不老不死を得られるという伝説の泉の場所を聖龍神の加護を受けた者だけが知ることが出来る……この言い伝えは嘘か誠か」 アクシアルは問いかけながら静かに近づいていく。 逆らおうとする意識を捻じ伏せるように頭を激痛が襲い、淡く光った瞳の碧色と、アクシアルの声だけが頭の中で響く。 「諦めろ。今のあんたの実力じゃ、オレの術はかわせない。それに、悪いけどこれはオレの得意分野なんだ」 ロイの目の前までくると、アクシアルは俯くロイの顎を持っていた剣の先ですくい上げる。 「‥‥‥‥‥っく‥……」 視線を交えることで、よりいっそう強く意識を支配される。 「答えろ…聖龍の皇子。〈永遠の泉〉は本当にこの世界に存在するのか」 頭の中で直に響くアクシアルの声は、快楽すら感じさせる。 激しい失血から、抵抗力も奪われ…ロイは掠れた声を上げた。 「……………‥‥存‥在‥‥‥‥する‥」 不老不死などと、信憑性の全くない言い伝えだった。それだけに予想していなかった答えに、アクシアルはわずかに瞳を細める。 「………へえぇ、意外な答え聞いちゃったな。じゃあ言い伝えの内容は全て真実なのか?」 意識を縛られ、ロイは苦痛に表情を歪め額に汗が滲む。 「……‥‥全て、が‥‥真実では、な‥い‥‥‥‥」 どんな形であれ、〈外〉へと漏らしてはならない領域…その中へと踏み込みかけている。全てを話してしまえば、はたしてどちらが裁かれるのか……。 「じゃあ、あんたが知ってる真実は?」 しかし〈神〉と呼ばれる者たちの都合など、アクシアルが知るはずもない。 続けられた質問に、ロイは視線をそらすように硬く瞳を閉じ、再び意識を奮い起こすようにして封じられたままの魔法力を上昇させた。 アクシアルの術に抵抗することで、ロイは再び激しい頭痛に襲われ、魔法力を封じられたまま急激に高めたせいで、全身をプラズマが包み込んだ。 「‥‥‥‥‥‥ぅ‥‥っ」 腕の傷が酷くなるのも構わず、ロイは更に力を高めていく。掛けられている封印をロイの魔法力が内側から侵食し、亀裂を作る。まるで放電しているような状態のロイに、アクシアルは剣を弾かれ思わず後ずさった。 アクシアルが怯んだ一瞬の隙を見て、ロイはありったけの力を解放した。 「聖龍・宮、召喚!!」 途端に光がロイを包み込み、足元から強力な風が舞い上がる。封印が完全に破壊されると、光はやがて人の姿を形取り、現れたのはロイのドラゴン=宮の姿だった。 宮はロイを庇うように抱き上げると、アクシアルと距離を取るようにその場を離れる。 「……また随分と乱暴なことするじゃねえか」 流石にここまでの抵抗は予測していなかったらしく、アクシアルは苦笑する。 魔法力を封じられたまま無理矢理召喚をしたせいで、ロイは随分と体力を消耗し、呼吸は激しく乱れていた。 「ロイ様、怪我の治療を……」 ロイの血の気の失せた顔を心配そうに覗き込む宮へ、ロイはしがみつくようにすると、かろうじて視線を向けた。 「…密にすべき私の知識を封じてくれ」 魔法力の封印が解けても、アクシアルにかけられた術からは逃れられず、ロイを襲う激しい頭痛は治まらない。 「ここまできてそれはないんじゃないの〜」 ロイの言葉に宮が動くより早く、アクシアルはロイの意識を更に強く縛り上げた。 「っっああぁ!!」 腕の中で苦しむロイへ宮が封印を掛けようとし、しかし宮の手をロイ自身が振り払うと、宮の腕を離れるように立ち上がる。 「ロイ様っ」 向かい合う体勢になったロイの瞳から光が消えるのを確認して、宮は眉根を寄せた。 (…取り込まれた) アクシアルはロイの背後へまわると、宮を挑発するように笑みを浮かべる。 「………貴様」 アクシアルを睨み据え、しかし視界に入ってきた人物に宮は動きを止め、気配にアクシアルは内心舌打つ。 「アル」 背後から掛かった声はレイスのものだった。 (折角楽しんでんのに…。ま、そろそろ来るとは思ってたけどね) 心とは裏腹に、笑顔でレイスへと振り返る。 「どうしました?王子」 「いつまで遊んでいるつもりだ…?」 「オレが用があるのはあっちのお子様たちなのに、聖龍王が邪魔するんだもん〜」 そうは言うものの、ロイを相手に随分と楽しんでいたように思えるのだが…。 レイスは小さく溜め息をつく。 「……もういい。帰るぞ」 「へ〜いへい」 しらけたと言う風に空返事を返すと、アクシアルはロイの意識を開放する。 直後、足元から崩れたロイを宮が慌てて支えた。 「………ロイ様?」 「‥‥‥‥‥ありがとう‥…助かる」 心配そうに掛かる声に答えるように、ロイは小さく笑うと、宮に支えられるようにしてどうにか自分の足で立つ。 「じゃ、そーゆーことで。王子に免じて見逃してやるよ。次会う時までにはもう少し腕磨いといて〜」 アクシアルは自分の剣を拾うと、ロイたちの方を見ようともせず片手をひらひらと振って見せた。 (王子の聖龍王びいきにも困ったもんだ) 内心アクシアルはそう溜め息をつくと、すでに随分と先を行くレイスの後を追った。 |
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