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◇◇◇◇◇



部室舎を抜けて駐輪場に出た辺りで、ようやく佐々木の姿を捉えることができた。
しかし、透夜は声を掛けることを一瞬ためらう。
昨日聖と会っていた相手が本当に目の前の彼だとしたら、自分はどうしようというのだろう。
加えて、先程から感じていた違和感は、次第に嫌悪感と恐怖心をも駆り立てている。
(本当なら、近づかない方がいいのかもしれない…)
聖の言うとおり、自分が〈龍の皇子〉の一人ならば、尚更のこと……
「俺に‥何か用?」
考え込んでいた透夜は、掛けられた声にギクリと肩を揺らす。
ゆっくりと振り返った佐々木は、先ほど体育館の前で見せた雰囲気とは全く別のものをまとっていた。
「二人とも、俺のこと追いかけてきたんだろ?」
「‥‥二人?」
言葉に透夜は振り返ると、背後に距離をとるようにして静の姿があった。
「用があるんじゃないの?」
佐々木からの問いに、透夜は黙り込んだ。確かに、感じ取った違和感の正体を突き止めたいという思いはあるし、昨日聖と何があったのかを知りたいと思って追いかけてきたのだけれど…。
この疑問を口にすることのリスクを、最初から計算していたわけではないから。
「……………。貴方の方が、僕達を呼んだんじゃないんですか?」
答えを返したのは静の方だった。
静の言葉に、佐々木はわずかに瞳を細め、やがてクスクスと笑い出した。
「……聖ほどじゃないけど、お二人さんは一応分かるってコトね。〈風の皇子〉はやっぱり反応なしか」
ひとりごちる佐々木に、透夜は眉根を表情を歪める。やはり、追いかけて来るべきではなかったような気がする。
「それで?呼ばれたから素直に来たって言うわけ?馬鹿正直だねぇ〜、余程平和ボケしてるんだなぁ、今度の皇子様方は」
嘲笑う佐々木に、透夜はきつく唇を噛む。怒り…ではなく、確かな危機感が全神経を伝っていくからで…。
(…‥‥コイツ、マジでヤバイ)
「〈皇子様方〉?」
怪訝な声を上げる静に、透夜は佐々木から意識をそらすことなくわずかに視線を移す。
透夜自身、このことを聖から聞いたのはついさっきなのだし、静にまで話す時間なんてなかっただろう。加えて、透夜にでさえあれほど話す事を躊躇っていた聖が、まだ付き合いの浅い静相手にそう簡単に話せる内容ではないはずだ。
「へぇ〜、何も知らないのにオレの問い掛けに応えてくれていたとはね。〈覚醒〉したら少しは期待できるのかな?試してみようかなぁ〜♪♪」
静の言葉に、佐々木は機嫌良さげに笑い、透夜の方へと視線を移す。
「で、あんたは聖から色々聞いてるんだろ?」
「…………………」
透夜の返した無言を肯定と取って、佐々木は二人へ正面から向き直った。
新しいおもちゃを見つけた子供のように、佐々木は瞳に歓喜の色を称えている。
「昨日の聖の反応からすりゃ、防衛本能刺激したら〈覚醒〉するよなぁ〜♪」
佐々木の言葉に、昨日部屋に現れた聖の状態を思い出し、透夜は表情を強張らせた。
(やっぱり…アイツ、昨日聖が会ってた相手か………)
「あんたらに手ぇ出したら、聖に怒られっかな〜?ま、そうなりゃそん時考えればいっか」
独り言のように呟くと、右手の平を上向かせ、其処に蒼白い炎を作り出した。
「……何ですか‥あれ」
静を背に庇うようにした透夜に、静は佐々木から注意をそらさないようにしながら声を掛けた。
「‥オレも、詳しくは知らないんだけど……。アイツ、なんか変な力あるみたい」
透夜の言葉に、佐々木は口元に意味ありげに笑みを浮かべる。
「心配しなくても、力だったらあんたたちにもあるぜ」
次の瞬間、わずかに見せた佐々木の変化を、透夜は見逃さなかった。
「氷川、逃げろっっ!!」
言って透夜が静の手を引くのと、佐々木が手にした炎を二人目掛けて投げつけたのは同時。
激しい爆音と共に、直前まで透夜たちが居た場所を蒼白い炎が包み込むと、一瞬にして全てを溶かしてしまう。
「げっっ?!」
静をよそに、透夜が佐々木の姿を追おうとした直後…
「後ろだったりして〜♪」
「っっ?!」
間近でした声に全身の血が引くのを感じ、振り返った透夜の視界に、新たに炎を作り出す佐々木の姿が映る。
「……まずは一人」
透夜が咄嗟に頭を庇うように両腕をクロスさせるのを、佐々木は凍りつくような瞳で見つめたまま、手にした炎をかかげる。
しかし、佐々木の手から炎が離れる直前、二人の間にあったわずかな空間が歪んだ。
「まっ、まさかっっ」
声を上げた透夜の予想を裏切ることなく、その場に現れたのは聖だった。
「うわあぁぁぁっっ?!何考えてんだお前はっっっ!!!」
聖の突然の出現をまったく予期していなかった佐々木は、叫び声を上げながら今にも投げ出すところだった炎を慌てて握りつぶす。
しかし、佐々木の態度の豹変など気にもとめず、聖は逆上して怒鳴りつける。
「アクシアルっっっ!!!」
激情に引き起こされるように、聖の全身から陽炎のように魔法力が溢れ出る。昨日のそれとは比べ物にならない程の力に、佐々木は頬をひきつらせ後退った。
「ちょっ、たんまっっ!!冗談っ、悪かったってばっっ」
「うるせぇっっ!!」
無意識のうちに力を増幅させているらしい聖に、〈佐々木〉は舌打ちすると〈アクシアル〉の姿に戻って聖の力を押さえ込む。
「マジになるなってっっ!!お前力操れんだろうなっっ、聖なんかの力が暴走したらこんな国ひとたまりもないんだぞっっ」
アクシアルの言葉に、聖はようやくわずかに冷静さを取り戻す。
「‥‥‥‥力、俺の?」
聖の心が落ち着いてくるのと比例するように、聖から溢れていた魔法力も萎えていく。
「覚醒前に力なんか放出してみろ、こっちの人間の性質から言ったら、まず暴走するだろ」
「…………お前に言われたくない」
諭すように言われて、聖は嫌そうにアクシアルへと視線を向ける。誰のせいでそうなったと思っているのだ…。
「だぁからぁっ!ちょっと〈覚醒〉促そうとしただけで……謝ってんじゃん。心狭いなぁ…」
「〈覚醒〉しなかったらどうすんだよっ!あんなの…大体あんなの力があったって防ぎきれるもんじゃないだろ」
再び力が溢れ出てしまわないように、感情を抑えながら慎重に言う聖に、アクシアルは興味なさそうに呆れた視線を返す。
「ばぁーっか!んな、マジで殺すようなヘマ、オレがするとでも思ってんの?」
「ヘマじゃなくて、意図的に殺すだろ…あんたなら」
知り合ってそれほど経ったわけでもないのに、行動パターンまで読まれているというのは、あまり気持ちよくない…まぁ、それはお互い様なのだけれど。
「………………。わっかりました、降参。ごめんなさい、もうしません」
両手を軽く上げて下手に出るアクシアルに、多少の不服は残るものの、聖はそれ以上責めることをやめた。
大体今の自分には彼を止める力があるわけでもないのだ。聖の気持ちを優先してくれているのだって、ただのアクシアルの気まぐれに過ぎない。
「…………聖」
背後から掛かった透夜の声に、聖はゆっくりと振り返った。
心配そうな透夜と、驚きを隠せないでいる静の姿が視界に入る。
「‥‥・・良かった」
二人ともが無傷なことを確認して聖は心底安堵し、聖を包んでいた魔法力が完全に消える。
と、押さえ込まれていたものが一気に解放されるように、聖の脳裏を眠っていた記憶の欠片たちが溢れ出す。
「‥‥‥‥え‥・?・・」
〈聖〉と〈ロイ〉の記憶が入り混じるようにして…まるで壊れた映写機のように、廻っては消える。
「……聖、どうした?」
異変に気付いたアクシアルが聖の肩を掴むと、聖はその腕に縋るように手を伸ばす。
「ちょ‥待って、何・・これ・・・」
激しい頭痛と目眩、混乱によって呼吸が乱れる。
「ちょ、お前…顔色最悪っっ」
すぐ間近にいるはずのアクシアルの声を、聖はどこか遠くに感じて……。
瞳に映る現実のそれでさえ記憶の波に飲み込まれ、焦点の合わなくなった視界を片手で覆った。
平衡感覚をなくして崩れた聖の身体を、アクシアルは慌てて支える。
「おいっ、聖っっ?!」
アクシアルがそう声を上げた時には、聖は既に意識を手放していた。

 
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