StraySheep
<< top novel >>
next >>

〔1〕



何がどうしてこういうことになったのか、成り行きに流されてこんなところまで出てきているのは、貴志にとっては特例もいいところだ。
「なぁーんかさぁー‥・委員長って、一人で気軽に出歩くとか…ないわけ?」
呆れたような、困ったような…馬鹿にしたようにも取れる苦笑を浮かべつつ、待ち合わせの場所に現れた貴志へと投げ掛けられた第一声がこれだった。
どこか優越に浸っているような静の態度に、今更反応を返すのは正直馬鹿馬鹿しいと思う。
「時期とタイミングにもよるけど…しばらくは無理。放っといてくれ」
中学の頃は一人で出掛けることもそれほど大騒ぎはされなかったのだが、流石に今はガードが固い。
春に父親の経営する会社に大きな取引の仕事があった時、当時はまだ登下校も一人だった為にどこぞの輩に誘拐されかけ、以来両親は断固として貴志が一人で出掛けることを許してくれないのだ。
確かにあれから三ヶ月も経ってはいないが、どこへ行くにも誰かが付き添われるこの状況が窮屈だとは思う。
「せっかくの夏休みだってのに、委員長ってば可哀想〜」
よよよ…とわざとらしく泣き真似をする静の頭を軽く叩くと、すぐ脇の道路に待たせている車へ彼を引きずっていく。
「うーん…僕ん家はそんな物騒じゃないんだけどなぁ〜」
誘拐云々については何も知らない静が疑問を持ったところで、無理もないだろう。
「分かってるよ。母は『静ちゃん』が大層お気に入りだしね」
夏休みが始まる少し前、異界への扉が開かれ前世からの因果から魔族達に狙われたあの一件で、身柄保護の為にと皆を家へと連れていった時の話である。
いつの間にと頭を抱えたくなったのは、母親と静がすっかり意気投合していたことだ。
「要は行き帰りだよ。なんだか知らないけどお前の家異様に遠いし」
二人が通う学校は東京都のやや東寄り、私立であるから特別学区が決まっているわけではないが、自宅が同じ都内でも西寄りの静は通学に片道二時間近くも掛けているらしい。
それで部活の朝練まできっちり出ているのだから、一体何時に家を出ているのやら。
「一人暮らしとか考えなかったの?」
「全然」
貴志の素朴な疑問に、静は当然のことのように首を横に振った。
車で待っていた福山が、近づいてきた二人に後部座席のドアを開けて迎えると、静はすでに顔馴染みとなった彼に笑顔で声を掛けてから車に乗り込んだ。
「でも、いつもは駅からバスかチャリなんだよね〜。助かっちゃったかも」
続いて乗り込む貴志に、静は言って無邪気に笑った。



*****



「‥・・は?」
静の話をそれとなく聞いていた貴志は、冷静になれば恥ずかしいほどの素っ頓狂な声を上げ、参考書に向けていた視線を彼へと移した。
心なしか、掛けていた眼鏡までずり下がったように感じて、それにはさりげない動作で高さを調整した。
「だからぁー、今週末とか…うちに遊びに来ない?」
誘い文句の割に声音が酷く不本意げなのは気のせいか・・・そんなことよりも、静の口からそんな言葉が自分に向けられたこと自体、不自然に思えてならない。
「またどういう風の吹き回し?他に仲良い友人が沢山いるだろうに…わざわざ指名されると身構えたくなるんだけど」
部活の昼休みにわざわざ図書館まで押し掛けてきて何かと思えばと、少々距離を取り気味に言う貴志に、静は拗ねたように机へと突っ伏した。
「しくしくしく。委員長が苛める」
静の態度に喉まで出掛かった溜め息をどうにか堪えると、貴志は眼鏡を外して前髪を掻き上げ、仕切り直すように静へと向き直った。
「悪かった悪かった。ちゃんと聞くから話してみなよ」
何で自分がと思いつつ、よしよしと静の頭を撫でてやれば、静が困ったような顔をわずかに上げる。
「………お母さんが」
「?」
呟いて深く溜め息を吐く静に、貴志は意味が分からず不思議そうな視線を返すだけで。
と、急に息を吸い込んだかと思うと、静は堰を切ったように喋りだした。
「『高校のお友達は連れてきてくれないの?』とか、『ちゃんとうまくやってる?』とかっ、『そういえばこの前お家にお邪魔した葛乃部君とは仲良くしてる?』とかぁっ!僕はいったいいくつなわけ?!」
「ちょっおいっっ」
余程溜まっていたのか次第に声のトーンが上がっていく静に貴志は慌てて制するが、静が収まる気配はない。
「学校遠いし部活は全国区だし勉強だって手が抜けないしぃ!そんなんで手一杯だったら気がつきゃ夏休みの予定なんて部活だけとかいう高校生にあるまじき状態だし!!だいたい休みの日に友達と遊ぶったって、みんな家がこっちなんだからどう考えても僕が出てきた方が効率的なんだっつの!!」
「分かったからちょっと落ち着けっ」
「これが落ち着いてられる?学校でハブられてるんじゃないかとか苛められてるんじゃないかなんて心配されてさ、やるかやられるかなら僕絶対やるタイプだし!」
ここが図書館であることを完全に忘れている静に、最早止める手だても見つからずに貴志は深々と溜め息を吐いた。
そんなことを声高らかに宣言してどうするんたと思ったが、幸い夏休み真っ直中だけあって図書館にもほとんど人影はない。
が、部屋中筒抜けであることに違いはなかった。
「だいたい委員長にだって責任あるんだよっ!委員長ん家に泊まってからお母さんてば妙な期待しちゃってさっ、寧ろ僕は軟禁されっ」
ゴツッ
最後まで言葉を待たずに分厚い本の角で殴られ、静はそのまま机に撃沈した。
「うるさいんだよ坊や」
静の背後に立っていたのは白衣を着た図書館司書の先生で、貴志はようやくひとまず解放されたことへの安堵と疲労とに、思わず乾いた笑いを浮かべてしまった。
「・・・木村先生」
後もう少しタイミングがずれていれば、静を殴っていたのは間違いなく自分だったろうと思う。
「……‥‥‥キムさん、それ‥・一歩間違えたら人殺し・・・」
唸る静に彼女は手にした本を振り上げ威嚇をすると、静は頭を抱えて縮こまった。
「いくら今が夏休みだからってね、図書館で騒いで許されるわけじゃあないんだ。分かったかい」
「・・・すみませぇ〜ん」
「ったく、今日は御曹司以外生徒がいないから良かったもの・・・」
反省して小さくなる静に彼女は手にしていた本を肩に担ぎ、呆れた口調でそう言い掛けて貴志へと移した視線にふと黙り込む。
「……………で、御曹司は氷川とは軟禁しちゃうような仲なわけ?」
不思議そうに首を傾げながら掛けられた言葉に、貴志はげっそりとした表情で返した。
「俺の信頼はこいつの暴走した発言に負けるんですか…。ただのクラスメートですよ」
「いやー悪い悪い、坊やが余りに面白い単語を口にするもんだから」
謝罪の言葉を口にした割には反省の色など全くなく笑い飛ばされ、深く溜め息を吐いて静へと視線を戻した。
「それで、事情は何となく分かったけど」
どうしたものかと考える貴志を余所に、言葉に静は瞳を輝かせると貴志の手を両手で握った。
「分かってくれたんだね!良かったぁ〜委員長に断られたらどうしようかと思っちゃった♪」
「えっちょっと‥・」
展開の早さに付いていけず呆気に取られる貴志を放って、静はにっこりと笑ってさっさと話を先に進める。
「実は勢い余ってお母さんに連れてくって言っちゃったんだよねぇ。やっぱり持つべきものは察しが良くて頼りになる友達だね」
「おい」
「あっ、僕そろそろ戻らなきゃ、午後練始まっちゃう」
わざとらしく手を叩いてそそくさと席を立つところをみると、これは完全に確信犯だと行き着いて、貴志は深く溜め息を吐いた。
「静、お前な‥‥…」
呆れと多少の怒気をはらんで名を呼べば、逃げる勢いだった静はそれでも一応足を止め、少し落ち込んだ様子で振り返った。
「‥‥・・・やっぱり、ダメ?」
そこで我を押し通さないのが静の憎めないところなんだよなぁと内心思ってしまい、貴志は小さく息を吐くと鞄にしまっていたシステム手帳を取り出す。
「………週末って、土曜?日曜?」
予定を確認しながら突き放すような口調で言われ、静はしゅんと肩を落として言い辛そうに口を開いた。
「………土曜日、です」
正直少しわくわくしたのは秘密にして、貴志は静に分かるように開いた手帳を掲げて見せる。
「おめでとう。空いてるよ」
普段なら両親や親戚との用事で埋まっている土曜日の欄は、こうなることを分かっていたように見事空欄だった。
「えっ、じゃあっっ」
「断る理由はないね」
素っ気なく言ったはずが、静は今度こそ花を飛ばす勢いで笑顔を作る。
「ありがとー委員長!愛してる〜〜」
「分かった分かった。分かったからさっさと部活に戻りなよ」
駆け寄って抱きつかれたことには抵抗するのも面倒くさがって、貴志はあしらうように言葉を返した。
「委員長ってば冷たい・・・」
言って抱きついたまま泣き真似をする静の肩を、木村司書の手ががっちりと捕まえた。
「氷川はあたしが言ったことを分かっていないようだな」
「す、すみません」
ぎくりと凍り付く静の反応を楽しんでいる彼女の様子を眺めつつ、貴志は小さく息を吐いた。
(‥‥‥どうでもいいから解放してくれないかなぁ)

 
next >>
<< top novel >>